第七章 新波到来(しんぱとうらい)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「あれほど短期で見事に攻め落とされたというのに、安中城と松井田城を攻略したことの何がいけなかったのでありましょうや。われらは皆、義信様の手際を賞賛しておりました」
訝(いぶか)しげな面持ちで言った。
「父上への報告を怠ったのだ。それが勇足だと責められた。他にも理由はあるのだが、それはおいおい話していこう。しばらく蟄居(ちっきょ)せねばならぬのなら、くさっていても仕方がないゆえ、信頼できる者と話をしたいと思ってな」
「それで、それがしを……」
「さようだ、昌国。それがしはこたびのことで思い知った。己がいかに目先の戦いだけに気を取られ、視野が狭くなっていたかということを。この機会に領国周辺の状況をもう一度学び直し、わが一門における政(まつりごと)全体が今後どうあるべきかを考えたいと思うた。そのためには優れた人材が必要となる。そなたも力を貸してくれぬか」
「もちろんにござりまする!」
長坂昌国が眼を輝かせながら答える。
「それがしもそろそろ家中で足許を固めねばならぬ。学びの会となる寄合には、今後わが側近となってくれる人材が一人でも多く欲しい。昌国、そなたにはその寄合の幹事を頼みたい」
「さような大役は……」
「そなたは父上の奥近習の中でもひときわ聡明で、後輩たちからの信頼も厚かった。それを見込んで頼んでいる。引き受けてくれぬか」
義信は神妙な面持ちで頭を下げる。
「頭をお上げくだされませ、義信様。そこまで仰せならば、全身全霊にて、そのお役目を果たさせていただきまする」
「よくぞ申してくれた」
義信は安堵したように頷(うなず)いた。
「昌国……」
飯富虎昌がようやく口を開く。
「はい」
「……われらはあくまでも謹慎の身ゆえ、表立って動くことはできぬ。もちろん、こたびの寄合も内々のものであり、開け広げにするわけにはいかぬ。それゆえ、そなたの父の釣閑斎(ちょうかんさい)殿や義父の一徳斎殿にも内緒にしておいてもらいたい」
虎昌が言ったように、長坂昌国は天文(てんぶん)二十二年(一五五三)に真田幸綱(ゆきつな/幸隆〈ゆきたか〉)の娘を娶(めと)っていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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