よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)4

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「なるほど。して、松山城の守将は誰だ?」
「太田美濃守(みののかみ)資正にござりまする」
「北条から景虎に寝返った扇谷上杉(おうぎがやつうえすぎ)の旧臣か」
「さようにござりまする」
「高白、そなたの松山城攻めに関する見立てを述べてみよ」
「はい……」
 駒井政武は姿勢を正し、己の見解を述べ始める。
「……それがしが考えますに、当家に援軍を願ってきことから鑑みますれば、こたびの氏康殿はかなり本腰が入っているのではないかと。われらの与力(よりき)がありながら、松山城を落とせぬとあれば、北条勢の面目は丸潰れとなりまする。つまり、必勝の陣立で臨まれるはず。加えて、われらの援軍があることにより、『武田家に遅れをとるな』と自軍を鼓舞することができ、士気を高めることもできまする」
「確かにな」
「加えて、氏康殿はわれらが西上野を制しつつある状況を最大限に利用しようと考えているのではありませぬか。上杉輝虎(てるとら)が厩橋(うまやばし)城から兵を出さねばならぬ以上、われらが甘楽や吾妻に足場を築いたという後顧の憂いは消えませぬ。退路を脅かされる怖れがありますゆえ。さような状況の中で、松山城へ越後(えちご)勢の大軍を送ることは難しいと考えまする。それゆえ、氏康殿は当方に援軍を願い、一気に松山城を落とすつもりでおられるのではありませぬか」
「うむ。そなたの見立ては、よくわかった」
 信玄は満足そうに頷く。
「よかろう、正月明け頃ならば与力できると北条家に伝えよ」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
「高白……」
「はい」
「こたびの松山城攻めを、勝頼(かつより)の初陣としたい」
 突然の申し入れに、駒井政武は驚きを隠せない。
「えっ!?」
「城攻めの本隊は北条勢ゆえ、勝頼の負担もさほど大きくはなかろう。余も出陣するゆえ、大丈夫だ」
「御屋形様、お、御自ら……。承知いたしました」
「余はこの件を勝頼に伝え、支度を始めさせる。後見は余が務め、旗本頭は保科(ほしな)でよかろう」
 年が明けた永禄(えいろく)六年(一五六三)二月、信玄は諏訪(すわ)勝頼に初陣を飾らせると決めた。
 この件はすぐに高遠(たかとお)城へ届けられる。 
 己の初陣が決まったことを伝え聞いた勝頼は、不安げな面持ちで傅役(もりやく)の保科正俊(まさとし)に尋ねる。
「弾正(だんじょう)、初めての出陣で城攻めというのは、大丈夫なのであろうか。……確か、城攻めは野戦よりも数倍難しいと兵法で習うた覚えがあるのだが」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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