第七章 新波到来(しんぱとうらい)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
城郭はその西岸に位置し、尾根の中腹から居館(いだて)と呼ばれる本丸、二の丸、中城が梯郭(ていかく)をなし、北東の裾には天狗丸(てんぐまる)という出丸がある。
さらに北側へ行けば、支城(ささえじろ)として造られた柳沢城があり、東の吾妻街道から不動沢(ふどうさわ)という渓谷伝いに続く隘路(あいろ)でしか行けない盆地の集落へと繋(つな)がっていた。
この平沢(ひらさわ)という集落にも数条の沢が流れており、これが水堀の役目を果たしている。
つまり、岩櫃城は単なる山城ではなく、平沢、柳沢城、天狗丸などを含めて里全体にかなり壮大な縄張りがなされた城だった。
それを攻め落とすには、それなりの策と兵数を揃えなければならない。
今のところ、その最たる策は城内にいる斎藤憲次の寝返りだった。
――斎藤憲次の言を信じるか、信じられぬかで、この城攻めの様相は大きく変わる。まずは、己の覚悟を決めねば……。
真田幸隆は岩櫃城の縄張図を睨(にら)みながら熟考を重ねる。
暦はいよいよ師走(十二月)を迎えようとしていた。
――よし、決めた! 斎藤憲次の内応を利用し、なんとしても岩櫃城を落とす!
真田幸隆は肚(はら)を括(くく)った。
そして、十二月の初旬、吾妻の各城の将兵を総動員し、岩櫃城に攻め寄せる。
それを知った斎藤憲広は籠城の構えをとった。
真田勢三千余は岩櫃山の麓に陣取り、夜更けを待つ。約定通りに斎藤憲次が動くならば、柳沢城と天狗丸から二の丸までの城門が開けられるはずだった。
幸隆は陣頭に立ち、険しい面持ちで内応の合図を待つ。
そして、寅(とら)の刻(午前四時)に各所から開門の合図が送られた。
「よし、攻め込むぞ! 幸重、そなたは柳沢城を押さえよ!」
鎌原幸重の一隊に命じる。
「残りの者は、それがしに続け! 天狗丸から二の丸まで一気に制圧いたすぞ!」
幸隆は総攻めの采配を振った。
この斎藤憲次の内応は、戦の流れを決定づける。
固い守りを信じていた敵兵は、突然現れた真田勢に驚き、城内は大混乱となった。
幸隆は怒濤(どとう)の勢いで天狗丸から二の丸までを制圧し、本丸へと迫る。
この状況に斎藤憲広は観念し、自刃(じじん)しようとした。
しかし、嫡男の斎藤憲宗(のりむね)に止められ、居館の裏から隠し道を使って北側へ逃れ、そのまま越後まで敗走した。
真田幸隆はほとんど犠牲も出さずに、難攻不落といわれた岩櫃城を奪取する。この一報はすぐに躑躅ヶ崎館の信玄と甘楽郡の武田義信へも届けられた。
内応した斎藤憲次は武田への恭順を認められ、真田家による吾妻郡の制覇が完遂される。
そして、滋野(しげの)一統の旧領をすべて回復した真田幸隆は、名実ともに盟主と認められた。
これらの結果を聞き、内心穏やかではなかったのが武田義信だった。
先に甘楽郡の城攻めで華々しい成果を上げたのは義信だったが、結果としては一足早く吾妻郡を制覇されてしまったからである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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