第七章 新波到来(しんぱとうらい)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「ご心配召されまするな、勝頼様。こたびの攻城戦の主力は、北条勢にござりまする。われらは共に陣を構え、敵に武田家の旗印を見せつけながら、要所での与力をいたす役目にござりまする。単独での城攻めではありませぬゆえ、われらの負担はさほど大きくありませぬ」
保科正俊は笑顔で答える。
「……さようか」
「こたびは北条家の陣立なども見られますゆえ、大変、勉強になる初陣かと。視野を広く持ち、落ち着いて周囲に目配りをすることが大事と存じまする」
「ああ、わかった」
「それに加え、御屋形様が御後見くださるのならば、何かしら城攻めの秘策なども授けていただけるやもしれませぬ」
「城攻めの秘策?……それは、いかなるものであるか?」
「それは出陣までのお楽しみとなされませ。とにかく、われらは万全の支度を調(ととの)え、まずは甲斐の府中(ふちゅう)にまいりましょう」
「うむ。そうしよう」
諏訪勝頼は真剣な面持ちで頷(うなず)く。
高遠城では年末から大わらわで戦(いくさ)支度が始められた。
年が明け、永禄六年(一五六三)の一月中旬になり、信玄が諜知(ちょうち)頭の跡部(あとべ)信秋(のぶあき)を呼ぶ。
「伊賀守(いがのかみ)、頼んであった絵図面はどうなった?」
「その御話ではないかと思い、こちらへお持ちいたしました」
跡部信秋がうやうやしく松山城の縄張図を差し出す。
「御屋形様、城の縄張りに詳しい透破(すっぱ)の者が調べましたゆえ、これで間違いないかと」
受け取った絵図面を、信玄が開く。
松山城は武蔵国の比企(ひき)丘陵に築かれた平山城である。
西から南へと流れる麓の市野川(いちのがわ)を天然の堀として使っているが、その最たる特長は段丘に細かく刻まれた掘切だった。そのため、段丘の頂上にある本曲輪(ほんぐるわ)へ攻め寄せるのが難しいとされていた。
「布陣するならば、城の東側と北側か。……伊賀守、城外の北側に記された、この吉見百穴(よしみひゃくあな)とは何であるか?」
「それは丘陵に横穴が掘られた古墳墓にござりまする。その穴が百以上にも及ぶところから、地の者が吉見百穴と呼んでいるとのこと」
「横穴式の古墳墓とな……」
信玄は急に思案顔となる。
「……こたびの城攻めに、金掘(かねほり)衆を連れて行くか」
「金掘衆にござりまするか?」
「さようだ。佐久(さく)の志賀(しが)城を覚えているか」
「あ、なるほど!」
跡部信秋が膝を打つ。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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