第七章 新波到来(しんぱとうらい)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
その効果を活かし、北条家は面目にかけて松山城を落とすつもりでいた。
もちろん、この場に集った両家の重臣たちは、そのことを熟知している。だから、これをもって両家の形を整え、評定が終わってもよいはずだった。
だが、この席で最も若輩の諏訪勝頼が意を決して手を挙げる。
「相模守殿、それがしからも申し上げたきことが」
その姿を、北条氏康が見つめた。
「……諏訪刑部殿、何なりと、どうぞ」
北条氏政が勝頼の発言を促す。
「有り難うござりまする。こたび、われらは城攻めに際し、最も有効な手段を講ずるべく、特殊な兵を連れてまいりました。かの者たちは金掘衆と申し、本来は金山にて掘鑿(くっさく)を行う山師の集団にござりますが、坑道を掘るだけではなく、掘り出した土で土塁や堤を築くなど、土木の技術にも優れておりまする。松山城は段丘に複雑な掘割や土塁が造られた城と聞きましたゆえ、外からの切り崩しには、金掘衆が力を発揮できると存じまする」
「……金掘衆、とな」
氏政が少し驚いたように呟(つぶや)く。
「それゆえ、われら武田は城の北側への布陣をお願いしたいと存じまする。松山城の北側
には惣曲輪があり、この虎口(こぐち)を破りますれば、二ノ曲輪、三ノ曲輪への登城口へ入ることができるかと。それがわれらの考えるこたびの城攻めにござりまする」
「それは北側の虎口の下に坑道を掘り、抜道を築くという意味にござるか?」
小さく眉をひそめながら、氏政が訊く。
確かに、城壁の下を抜ける坑道を掘るというのは、いかにも奇抜な策だった。
「さようにござりまする。さらに、掘り出した土で掘を埋め、足場を築き、この策の目的は敵城の水の手を断つことにありまする。それをわれらにお任せいただければと」
勝頼は信玄から授けられた秘策を入念に練り上げ、己のものとしていた。
それを淀(よど)みなく、自信をもって語った。
この話を聞いた北条氏康は、隣の綱成と顔を見合わせ、感心したように頷く。
「武田家がご用意された策は、よくわかりましたので、是非とも北側への布陣をお願いいたしまする。われらは残りの三方を一万ずつの軍勢で囲み、各所からの攻撃を仕掛ける所存。残り一万は後詰(ごづめ)とし、敵方の援軍を警戒いたしまする。それをもって松山城への総攻めといたし、できる限り短期でこの戦を終わらせたいと存じますので、何分にもよろしくお願いいたしまする」
北条氏政は攻城戦の全容をまとめ、評定を締めた。
これが一月末のことである。
そして、暦が変わった二月朔日(ついたち)、北条家と武田家の連合軍五万余は、松山城を囲んだ。
武田勢は約束通り、惣曲輪の虎口がある北側に陣取る。
諏訪勝頼は黒川と中山の金掘頭を呼び、坑道掘鑿の段取りを確認する。
「予(かね)てよりの策通り、坑道を造って惣曲輪の虎口を突破いたす。善左衛門(ぜんざえもん)、そなたの見立てでは、どのくらいかかりそうか?」
中山金掘衆の頭領である望月(もちづき)善左衛門に訊く。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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