第七章 新波到来(しんぱとうらい)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
滞りなく初陣の儀が終わり、一同は躑躅ヶ崎(つつじがさき)館の大広間に移り、初陣の宴となった。
翌朝、諏訪勝頼を総大将とする武田勢一万余は、甲斐の府中を出立する。そのまま東へ進み、古甲州道(ここうしゅうどう/青梅〈おうめ〉街道)を目指す。
古甲州道は甲州裏街道とも呼ばれ、甲斐府中と武蔵府中を結ぶ要路でもあった。
武田勢は難所の上り坂である柳沢(やなぎさわ)峠を越え、甲斐と武蔵の国境(くにざかい)にある小菅(こすげ)城へ入った。そこで一泊してから、奥多摩(おくたま)を抜け、一気に武蔵国の青梅へと出る。
信玄が直々に出陣してくると聞き、青梅の勝沼(かつぬま)城では惣領(そうりょう)の北条氏政(うじまさ)が自ら武田勢を迎えた。
「大膳大輔(だいぜんのだいぶ)殿、遠路旁々(かたがた)、お越しいただき、まことに有り難うござりまする」
「北条家の御惣領、直々のお出迎えとは、こちらこそ恐悦の極み。されど、この身は付録も同然。こたびの援軍の総大将は、こちらのわが倅(せがれ)にござる」
信玄は勝頼を北条氏政の前に出す。
「……武田徳栄軒(とくえいけん)信玄が四男、諏訪刑部大輔(ぎょうぶだいぶ)、勝頼と申しまする。北条相模守(さがみのかみ)殿、直々のお出迎えとは、まことに恐悦至極にござりまする。今後とも宜しくお願いいたしまする」
勝頼は北条家の若き惣領に対して臆せず名乗りを上げる。
「こちらこそ、諏訪刑部殿。わが父も河越城にてお待ちしておりますゆえ、本日はこの城でごゆるりとお過ごしいただき、明日、河越までご嚮導(きょうどう)させていただきまする」
氏政の父とは北条氏康のことであり、今回は信玄が来るため、わざわざ小田原(おだわら)から河越まで来たようだ。
「重ね重ねの御配慮、まことにいたみいりまする」
勝頼は頭を下げる。
二人のやり取りを、信玄は笑みを含んで見つめていた。
氏政は永禄二年(一五五九)十二月に家督を譲られ、北条家の第四代惣領となっている。
父の北条氏康は若隠居という形をとっていたが、これは当時続いていた飢饉(ききん)への対策として領国向けに表明したものであった。
そのため、隠居後もしばらくは氏康が統治を主導していたが、ここに至り、氏政は惣領として前面に出ようとしていた。
勝沼城で一泊した武田勢は、翌日、北条氏政と共に河越城へ向かう。
この城では北条氏康と綱成(つなしげ)が信玄を待っていた。
「大膳大輔殿、お久しゅうござる」
氏康が笑顔で歩み寄る。
――鬢(びん)に少し白いものが増えたように見えるが、いささかも衰えを感じぬ。少し痩せたせいか、頰の刀瘡(とうそう)も凄味(すごみ)を増している。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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