第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
跡部信秋は甲斐と信濃の全域を記した地図を広げる。
そこには様々な大きさの印で諸城の位置が示され、それらが線で結ばれていた。
自領が広がったことにより、信玄は城郭の規模や立地によって重要度を決め、要城、支城(ささえじろ)、出城(でじろ/塁砦〈るいさい〉)という等級に仕分けした。
要城はその名の通り、主要な地域で統治と兵略の中心となる城のことであり、たとえば信濃ならば諏訪平(すわだいら)の上原(うえはら)城、伊那平(いなだいら)の高遠(たかとお)城、松本平の深志城などがそれに該当する。
他にも甲斐ならば須玉(すたま)の若神子(わかみこ)城、上曽根(かみそね)の勝山(かつやま)城、信濃でも小県(ちいさがた)の砥石(といし)城、上田原(うえだはら)塩田(しおだ)城などは要城とされている。
その周辺で要城と連繋するのが支城群であり、それよりも規模が小さく、通常は物見の兵しか置かれていない拠点が出城と位置づけられていた。
だが、跡部信秋が開いた地図には、それよりも遥(はる)かに多数の印が記されている。
「この赤印が新たに設置した狼煙台(のろしだい)の場所か?」
信玄が訊いたように、要城、支城、出城(塁砦)を繋(つな)ぐような場所に夥(おびただ)しい数の赤印があった。
「さようにござりまする。これらの狼煙台を配置することで、すべての城と城が烽火(のろし)によって連絡を取れるようになりまする。いずれの間隔も一里(約四`)ないしは一里半(約六`)とすることで、素早い烽火の連繋ができると思いまする」
「善光寺平で敵兵を発見した場合、いかほどの時でこの深志城まで連絡が到達するのか?」
「英多(松代)の新城で上げられた烽火は、おそらく一刻(二時間)ほどで上田原の塩田城に届くはずにござりまする。そこから深志城までの烽火連繋は一刻もかからないのではありますまいか。二刻(四時間)以内で知らせが来るならば、早馬の連繋よりも遥かに早いのではないかと」
英多(松代)から上田原の塩田城までは約十里(四十`)、塩田城からは保福寺(ほうふくじ)峠を越えて深志城までが同じく約十里(四十`)である。この二十里(八十`)を早馬で繋いでも、乗り換えを含めて三刻(六時間)ほどはかかってしまう。
しかし、一里ほどの距離で連繋される烽火ならば、その半分近くで必要最低限の事柄を伝達できる見込みだった。
しかも、早馬のように単路ではなく、各城と狼煙台が網目の如(ごと)く配置されているため、野火の如く東西南北に連絡が広がっていくという利点があった。
つまり、英多(松代)から松本平の深志城へ連絡が届く頃には、諏訪平の上原城へも同時に一報が届くということになる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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