第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「……さようにござりまするか」
「それにな……」
信玄の表情が微(かす)かに曇る。
「……麻亜(まあ)の具合があまり良くないのだ」
「諏訪の御寮(ごりょう)殿が!?」
「懐妊の件は知っておるな?」
「それとなく、聞いておりまする」
「どうも、そのせいで体調が思わしくない。まあ、望外の身籠もりであったからな。だから、麻亜を励ますためにも、四郎の今後についてはっきりさせ、年内にも伝えてやりたい」
「なるほど。であれば、なおさら公にするのは早い方がよいと存じまする。家中の押さえは、それがしにお任せくださりませ」
「そなたがさように申してくれるのならば心強い。ところで、義信(よしのぶ)は何か諏訪のことを申しておらぬか?」
「諏訪のことをとやかく言うようなことはありませぬ。されど、四郎殿になかなか会えぬことを歯痒(はがゆ)く思うているようにござりまする。とにかく、兄と弟として、われらのように気脈を通じたいと申しておりました。四郎殿の元服のことは、特に気にかけているのではないかと」
「そうであったか」
「機会を見て、兄上からお話しになってはいかがにござりまするか。その方が義信も安心するかと」
「わかった。引き続き、そなたも相談相手を務めてやってくれぬか」
「もちろんにござりまする」
「……助かる」
信玄は小さく頭を下げる。
このところ、嫡男の態度がよそよそしく、きちんと対話もできていなかった。
義信は己の母、三条(さんじょう)の方(かた)をこの上なく大事に思っており、父が諏訪に長らく留(とど)まっていると、難しい面持ちで押し黙ることが多くなった。
息子が大人になると、何となく父親との関係がぎこちなくなり始める。武門だけに限らず、どこの家でもありがちなことであり、信玄と義信も例外ではなかった。
そうした状況を見る度に、信繁から義信に声をかけ、それとなく相談に乗ってやるようになっていた。
義信は信繁を心底から尊敬しており、その言を信頼している。父親には言えないことでも、この叔父には素直に話せるようだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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