よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「間もなく妙高(みょうこう)や関田(せきだ)峠が雪に包まれ、景虎は信濃へ動けぬ。春までが勝負だ」
「御意!」
「急ぎ支度を調えよ」
 信玄はすでに信濃制覇の手応えを摑んでいた。
 ――英多(松代)の新城が必ずや最後の決手(きめて)となる。ここを拠点にして善光寺周辺の勢力を取り込んでしまえば、いかに景虎が悪あがきをしようとも、われらの優位は動かぬ。加えて、信濃守補任により大義名分も揃(そろ)った。幕府の取次役は、しきりに『当家と北条(ほうじょう)家が揃って越後と和睦を進めてくれ』と申し入れてきている。つまり、信濃や上野(こうずけ)で戦をするなということだ。景虎が信濃へ出張る大義は、すでにない。
 そんなことを考えているところへ、室の外から声が響いてくる。
「兄上、ただいま戻りました。菅助も一緒にござりまする」
 弟の信繁(のぶしげ)と山本(やまもと)菅助が善光寺平から戻ってきた。
「ご苦労であった。入ってくれ」
「失礼いたしまする」
 二人が声を揃えて入室した」
「ほう、これが件(くだん)の烽火網にござりまするか?」
 信繁が広げられた地図を凝視する。
「さようだ」
「新城からこの城までどのくらいで一報が届くのであろうか?」
 地図を一見しただけで、信繁は兄とまったく同じ質問をする。
 信玄と跡部信秋は思わず顔を見合わせた。
 信秋は烽火網の仕組みについて説明を繰り返す。
 それがひと段落したところで、信玄が訊ねた。
「菅助、築城の進捗はどうか」
「余計な邪魔も入らず、驚くほど順調にござりまする。こちらをご覧くださりませ」
 山本菅助は新たな書面を広げる。
「これが新城の最終図にござりまする。御屋形(おやかた)様のお好みであります丸馬出(まるうまだし)を採用いたしました。いくつもの修築を重ねられたおかげで、真骨頂ともいえる城造りに辿り着いたと自負しておりまする。つまり、これぞ武田流築城術の縄張り、甲斐図(かいづ)にござりまする」
「甲斐図、とな」
 信玄は提示された縄張図に見入る。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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