第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「兄上、義信はそれがしが及ばぬほど利発であり、理詰めで説いてやれば、必ず納得いたしまする。ご心配なされますな」
信繁は兄を安心させるように言った。
これが霜月(しもつき/十一月)下旬のことであり、永禄(えいろく)二年(一五五九)も終わりが見えていた。
暦が変わり、師走(しわす/十二月)中旬を過ぎ、躑躅ヶ崎(つつじがさき)館でも暮れに向けての支度が進められていた。
だが、甲府にいた信玄のもとへ、信じ難い知らせがもたらされる。
諏訪御寮、昏倒(こんとう)。危篤の御様子。
その悲痛な一報だった。
取るものもとりあえず、信玄は急ぎ諏訪の高島(たかしま)城へ向かう。
城に到着してすぐ、薬師(くすし)から前後の事情を詳しく聞いた。
諏訪御寮人は突然、腹部の激しい痛みを訴えた後、激しい呼吸を繰り返して気を失ったという。その後、息と脈動が弱くなり、一時はかなり危うい状態であったが、手当てが早かったため、何とか危篤状態は脱しているらしい。
「……御懐妊に際し、稀(まれ)に母胎が毒あたりを起こすことがありまする。そうした症状ではないかと推察し、気血の乱れを正し、痛みを和らげる生薬(しょうやく)を差し上げました。今はそれをお召しになり、眠っておられまするが、だいぶ衰弱しておられるのではないかと。母子ともどもに影響がないことを祈っておりまするが」
薬師の説明によれば、諏訪御寮人が妊娠中毒を起こしているかもしれないということだった。
「実際のところ、どうなのだ。無事に出産できそうなのか?」
信玄の問いに、薬師は押し黙る。
「忌憚(きたん)なく、そなたの見立てを申してくれ」
「……わかりました。このままだと、ご出産の時に母胎か、お子様のどちらかが危うくなることも考えられまする」
「双方の命が危うくなった時は、どうすればよいのだ」
「どちらの命もお救いするよう手を尽くしますが、……いざという時は、何方(いずかた)を優先するかを決めていただくなるやもしれませぬ」
薬師は申し訳なさそうに俯(うつむ)く。
「何方を優先する?」
信玄が顰面(しかみづら)となる。
「……いずれかしか、助けられぬかもしれないということか?」
「……さようなことが起きないとは、断言できませぬ」
「その場合は……」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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