よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)11

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 新しい城は南北と東の三方を山に囲まれ、西側は千曲川(ちくまがわ)という自然の水堀を巧みに利用した堅固な造りであった。
「なるほど、信濃の制覇を完成させる甲斐図城か……」
 満足げに、信玄が頷く。
「……ならば、海に津という字を当て、海津(かいづ)城という名にするのがよいかもしれぬな」
「言い得て妙にござりまする」
 菅助が乱杭歯(らんぐいば)を剥き出しにして笑う。
「菅助、落成はいつになる?」
「来年の二月までには終え、兵が入れるようにしたいと思うておりまする。雪解け前には必ずや」
「わかった。そのまま進めてくれ」
「承知いたしました」
 山本菅助が深々と頭を下げた。
「兄上。実際、道鬼斎(どうきさい)殿の手際は眼を見張るものがあり、素晴らしき城ができ上がる予感がいたしまする」
 信繁が菅助の手腕を褒め称える。
「……そこまで誉められると、照れまする」
「素晴らしき城でなければ、逆に許さぬ。ここまで財と人を注ぎ込んだのだからな」
 信玄が談合を締める。
「では、各々、抜かりなきよう進めてくれ。信繁、この後、少しよいか。相談しておきたいことがある」
「わかりました」
 信繁だけが室に残り、跡部信秋と山本菅助が退出した。
 二人だけになると、信玄が切り出す。
「実は、四郎(しろう)のことなのだが、あ奴も年が明ければ齢(よわい)十五となる。来春には元服の儀を行い、正式に諏訪の名跡を嗣(つ)がせたいと考えているのだが、そなたはどう思う?」
「それは、……兄上の御意のままに」
「まことに、構わぬと?」
「はい。他意はありませぬ。……されど、なにゆえ、それがしにお訊きになられましたのか」
「諏訪のことは、未(いま)だに家中でも色々な意見がある。やはり、身内の中といえども、まずはそなたの肚(はら)の裡(うち)を聞いておきたかった」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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