第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
信繁が眠気覚ましに川の水で顔を洗っていると、近くで水を汲んでいた足軽たちの会話が耳に入ってきた。
「おい、越後の奴らも出てきたぞ」
「本当だ。あ奴らも同じだなや」
「川の水を風呂代わりにでもするつもりかや?」
足軽の一人が言ったように、十数名の敵足軽が川に踏み込んでいた。
――敵の物見もたまらずに水浴びか……。
信繁が対岸に眼を向けた、その刹那である。
鈍(どん)!
辺りに地鳴りが響き渡る。
――地震か!?
そう思った途端、信繁の背筋に悪寒が走る。汗が滴るほどの気温にもかかわらず、甲冑(かっちゅう)の下で肌が粟立(あわだ)った。
だが、それは地震ではなく、夥(おびただ)しい数の蹄(ひづめ)が一斉に大地を蹴る音だった。
「下がれ!」
嫌な予感に囚(とら)われたまま、信繁は水辺にいた足軽たちに向かって叫ぶ。
「岸から離れて持場へ戻れ!」
自らも岸に上がり、対岸を凝視する。
そこには夥しい数の敵影が蠢(うごめ)いていた。
しかも、騎馬である。
――ま、まさか! この白昼に!?
岸辺から一気に川中へ踏み込んだ越後の騎馬隊を見て、信繁が立ち竦(すく)む。
――最初の足軽は水嵩を量りに出たのか? そこから、騎馬の奇襲……。
兵法の常道では、あり得ないような光景だった。
騎馬の足下から水飛沫(みずしぶき)が跳ね上がっているが、水涸(が)れにより一気に渡りきることができそうだった。
武田勢の虚を衝(つ)き、越後勢の騎馬兵が気勢を上げながら犀川を進む。その疾(はや)さに度肝を抜かれた。
――蕪菁紋!?
信繁の視界の中で、敵が掲げる九曜巴(どもえ)の旌旗(せいき)に混ざり、蕪菁紋の旗指物が揺れる。
――越後の先陣! 間違いない! 柿崎の旗印だ!
しかも、黒ずくめの具足に身を包んだ武将が先頭を走ってくる。真昼の陽光を受け、その胴には金泥の蕪菁紋が光っていた。
――柿崎景家!?……越後の先陣大将が先駆け!?
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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