よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「今後のことはさておき、越後勢の目論見がいかなるものであったか、透破に探らせてみてはいかがにござりまするか?」
「敵陣へ忍び込ませると?」
「はい。ついでに、敵の今後の策についても、探れるやもしれませぬ」
「うむ……」
 晴信は思案顔になる。
「……確かに、こたびの奇襲が総攻めを狙うていたものならば、敵の力量を見直さなければならぬ。伊賀守、諜知を許す」
「有り難き仕合わせ」
「ついでに、犀川以南にある城や砦を調べ上げ、使えそうな拠点を確保せよ」
「承知いたしました」
「典厩、そなたは続けて丹波島の先陣で備えよ」
 晴信が弟に命じる。
「……兄上」
「一度手を合わせた敵ならば、二度の不覚はあるまい。再び仕掛けてきたならば、必ず叩き潰せ」 
「御意!」
 信繁は険しい面持ちで頷いた。
「皆、油断なきよう備えよ。これで評定を終わる」
 晴信は軍評定を締め、御座処へ戻った。
 ――白昼堂々と先陣大将に渡河を強行させ、敵の先陣を貫かせた後に、そのまま本隊も総攻めを行う策だと……。まことであれば、正気の沙汰ではない。されど、丹波島の先陣を貫かれておれば、この本陣まではあっという間だ。われらの将兵は大混乱に陥り、一気にこの身も危うくなる。われらの戦構えを打ち破るには、さような奇策しかないことは確かだ……。初戦で見せた景虎の動きと照らし合わせれば、あながち根拠のない妄想ではないかもしれぬ。
 改めて思案し、晴信は背筋にうすら寒さを感じていた。
 ――だが、その奇策が失敗し、次はどう出るつもりか。
 その思いとは裏腹に、以後、この戦いは完全に膠着した。
 しばらくして、跡部信秋が諜知の報告に訪れる。
「……透破が敵陣の方々を嗅ぎ廻りましたところ、やはり、越後の先陣の後ろには、長尾景虎の本隊が控えていたようにござりまする」
「まことか!?」
「首尾良く先陣が渡河したならば、そのまま本隊までもが、こちらの本陣に向かう策であったと幾人もの敵将が話していたと」
「典厩の勘が正しかったということか」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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