第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「当家から厚く弔意を示すというお話ではありましたが、義元殿はそれがしの舅(しゅうと)であり、御方はまさに身内に他なりませぬ。われらの弔問をお許しいただければ、その時に氏真殿と直にお会いし、盟約の確認などもできると存じまするが」
「確かに、そうかもしれぬが、そなたが駿府へ参るのは少々、早計であると思う」
信繁の答えに、義信が眉をひそめながら訊く。
「なにゆえにござりまするか?」
「こたびのことで今川の家中も相当に動揺しており、氏真殿もまとめるのに必死であろう。不測の事態が起こるかもわからぬゆえ、弔問といえども、さような渦中へ当家の嫡男を行かせるわけにはまいらぬ。現状ではまず、今川一門がいかように動くのかを見極めることが先決であろう」
「では、氏真殿が御尊父の弔い合戦に出ると申された時、盟友である当家はなんと答えるおつもりにござりまするか。盟約の存続が確認されていないゆえ、まだ援軍は出せぬという返答にござりまするか?」
義信が喰い下がる。
「さようなことは申しておらぬ。戦への派兵ならば、それがいかように行われるのかを理解してから、可否を判ずるだけだ。盟友の弔い合戦とならば、なおさらのこと。勝ちが見えるまで策を練ってからでなければ、援軍の内容を決めることができぬからだ」
「されど、氏真殿のお気持ちを考えれば……」
「焦るでない、と申しておる。義信、盟友であるからこそ、われらが冷静でいなければならず、いかに親しいとはいえ、他家との折衝を進めるには段階を踏まねばならぬ。つまり、手順を慎重に決めねばならぬということだ。いまはそれについて討議をすべき時だと考えている」
信繁は甥(おい)が同じ惣領の息子として、今回のことで気持ちを滾(たぎ)らせていることもわかっていた。
だが、惣領代行として極めて冷静に判断を下し、理詰めで説明した。
「……わかりました」
義信が頷(うなず)いた。
「おそらく、今川一門の現状は駿府から見なければ、わからぬことばかりだと考える。三河や遠江で離反する勢力が出てくるかもしれぬが、氏真殿と残った重臣たちがどのように対処するのかを見極めねばならぬ。そこで、駿府へ使者を送りたい」
信繁の見解に、飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)が答える。
「それならば、幡龍斎(ばんりゅうさい)殿にお願いするのは、いかがにござりまする」
虎昌が言った幡龍斎とは、穴山(あなやま)信友(のぶとも)のことである。
穴山信友は義元の息女が義信に輿入れする時に仲介の労を執り、護衛の任を請け負った重鎮である。現在は隠居して幡龍斎と名乗っているが、いまだに今川家との折衝に重しが利く存在だった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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