第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「尾張の織田三郎は、美濃の斎藤(さいとう)道三(どうさん)の娘婿にござりまする。つまり、尾張、三河、美濃が何らかの連繋をして動くことも考えられ、これらの国境に近い領内では、今まで以上の用心が必要かと」
それを聞き、信玄が初めて口を開く。
「伊賀守、そなたが言いたいのは、蝮(まむし)と呼ばれる美濃の道三が木曾谷(きそだに)辺りをそそのかし、われらに叛(そむ)かせようとすることもあり得る、ということか?」
「はい。ご明察の通りにござりまする」
跡部信秋が頭を下げる。
「ならば、さように申せ。間怠(まだる)い話は必要ない」
信玄が苦笑しながら言葉を続ける。
「いずれにせよ、今川家の件は南の地だけで済まぬであろう。北条家にも大きな影響があるだろうし、越後(えちご)が絡んで信濃や坂東(ばんどう)辺りでも、思わぬ動きがでるやもしれぬ。すべてを見直すつもりでかからねばならぬ」
その意見を受け、信繁が下の弟に命じる。
「信廉(のぶかど)、北条家との連絡を密にしてほしい。必要とあらば、そなたが小田原(おだわら)城へ行き、氏政(うじまさ)殿と話をしてくれ」
「承知いたしました。すぐに手配りいたしまする」
武田信廉が頷く。
昨年、北条家では氏康が隠居を宣言し、北条氏政が四代目の惣領として家督を嗣いでいた。
氏政には信玄と三条の方の長女、黄梅院(おうばいいん)が嫁いでおり、同じ母を持つ弟の武田信廉が北条家の新しい惣領との取次役を務めている。
「他に、何か意見のある者はいないか?」
信繁が一同を見廻す。
挙手する者はいなかった。
「それでは、これにて評定を仕舞いとする。各々、本日の話を踏まえ、抜かりなきよう手配りを頼む」
評定を締め、信繁は胸元から白布を取り出し、うっすらと額に浮かんだ汗を拭う。
「実に手際の良い評定であった」
信玄が笑顔で話しかける。
「まことにござりまするか、兄上」
「異存なしだ」
「有り難き御言葉にござりまする」
信繁が嬉(うれ)しそうに頭を下げた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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