第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「幡龍斎殿ならば、当家の御一門衆であり、弔意を示す使者として器量、貫禄ともに申し分ありませぬ。それに御隠居の身ゆえ、少し長く駿府に逗留(とうりゅう)することもでき、氏真殿の相談相手などにもなれるのではありませぬか」
「なるほど、適任かもしれぬ。では、使者は幡龍斎殿にお願いするとし、引き続き取次役を高白斎、新たな連絡役を信君(のぶきみ)に頼みたい。信君、そなたは河内(かわち)へ戻り、父君からの連絡を細かく繋(つな)いでくれ」
「承知いたしました」
若々しい笑顔で、穴山信君が答える。
この者は穴山幡龍斎の嫡男であり、隠居後に河内領の家督を嗣いでいる。まだ齢二十の若さだったが、御一門衆に属し、この評定に列席していた。
「さて、次に下伊那(しもいな)のことついて話し合いたいと思う。遠江、三河、美濃(みの)という三国と接し、こたびの件で最も影響を受けやすい。まずは、信友(のぶとも)。そなたの意見を聞きたい」
信繁は高遠(たかとお)城々代の秋山(あきやま)信友(虎繁〈とらしげ〉)を指名する。
「畏(かしこ)まりました。もしも、遠江や三河で離反や争いがあれば、われらの要になるのは飯田城にござりまする。次に、それと大島(おおしま)城になるかと。高遠城とこれら二つの城が連繋(れんけい)すれば、遠江や三河への対応が可能となりまする。それゆえ、これから飯田城と大島城を改修し、兵を増やしてはいかがにござりまするか」
「飯田城と大島城を改修か。急ごうとすれば、かなりの手がいるな」
「道鬼斎(どうきさい)殿に奉行をお願いできればと思うておりまする」
秋山信友が山本(やまもと)菅助(かんすけ)の方を見る。
「海津(かいづ)城も目処(めど)が立ちましたし、御下命があれば、喜んで伊那谷へまいりまするが」
山本菅助が答えた。
「さようか。ならば、改修に関しては、道鬼斎に任せたい」
信繁は即断する。
「典厩(てんきゅう)殿、もしも城代が必要であれば、儂(わし)が行きましょう」
室住(むろずみ)虎光(とらみつ)が名乗り出る。
「では、豊後守(ぶんごのかみ)殿には大島城へ入っていただきまする」
「承知!」
「高遠城、飯田城、大島城の人員配置については、さらに見直すゆえ、追って沙汰する」
信繁は急遽(きゅうきょ)、伊那谷南部の拠点を固めることを決めた。
「典厩殿、ひとつ付け加えておきたいことが」
跡部信秋が申し出る。
「何であろうか」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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