よみもの・連載

信玄

第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「それがしの正直な気持ちを言わせていただけるならば、若を天晴れと思いました。御屋形様と典厩殿を相手に、皆の前ではっきりと己の考えを述べられた姿を見て、それがしは若の大きな成長と強い自覚を感じました。あるいは、惣領代行の座に就かれた典厩殿に真正面からぶつかっていこうという気概を感じました。次なる惣領を目指す者として、最も尊敬する上輩にも負けてたまるか、というような揺るぎない気概を」
 飯富虎昌は俯(うつむ)き加減で本音を吐露する。
 それを見て、信繁は大きく息をついた。
「そなたの申すことにも一理ある。少々、言い過ぎたやもしれぬ……」
「いいえ、典厩殿は間違っておりませぬ。この甘すぎる傅役に大事な助言をいただき、まことに有り難うござりました。若の成長だけを見たいと思い、ついつい短所を見て見ぬ振りをしていたのかもしれませぬ」
「兵部、そなたのせいではない。もっと三人で話す機会を増やさぬか」
「それは願ってもない。是非、お願いいたしまする」
 やっと笑顔に戻り、飯富虎昌は盃を呷(あお)る真似をする。
「時には、三人で一献交えながら」
「望むところだ」
 信繁も笑いながら答えた。
 この評定を経て、穴山幡龍斎が武田家の名代として駿府へ赴き、六月二十二日に今川氏真と面談に及んだ。
 桶狭間の一戦においては、義元の側近であった由比(ゆい)正信(まさのぶ)、一宮(いちのみや)宗是(むねこれ)、有力な国人衆(こくじんしゅう)であった松井(まつい)宗信(むねのぶ)、井伊直盛など多くの重臣が討死している。残った今川家重臣の朝比奈泰長(やすなが)、朝比奈泰朝、瀬名(せな)氏俊(うじとし)などが同席する場において、盟約の存続が確認された。
 穴山幡龍斎はしばらく駿府に留まり、今川の家中や遠江、三河などの様子を探る。
 そこで知り得た事柄は、河内で待機していた嫡男の穴山信君を通じて躑躅ヶ崎館にいる信玄と信繁に伝えられた。
「父からの連絡によりますれば、やはり東三河と遠江で国人衆の動揺が激しく、今川家からの離反の動きも見て取れるということにござりまする」
 穴山信君の報告を聞き、信玄が問う。
「幡龍斎はなにがしかの名を申していたか?」
「はい。今川家の先陣を務めていた松平元康が岡崎城に戻り、今川家から離反しようという動きを見せているようにござりまする。それに呼応するかのように、今川家が東三河の拠点としていた吉田(よしだ)城の菅沼(すがぬま)定盈(さだみつ)も怪しげな動きを見せているとか」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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