――やはり、若は正月のことで相当に傷ついておられる。気になさるなという方が無理ではあるが……。若を励まさねばならぬ立場の、この身がいつまでも昏(くら)い顔をしていて、どうするか。 信方は気を取り直し、明るい声で言う。 「若、そろそろ下りませぬか。もう大分、ここで過ごしました」 「そうだな。御老師をお待たせするわけにもいかぬからな」 太郎はこの後、長禅寺(ちょうぜんじ)で岐秀(ぎしゅう)元伯(げんぱく)の講話を受ける予定になっていた。 「やはり、元伯殿の処へ参られまするか。色々と気になることがあるのならば、しばらく講話をお休みにすることもできまするが」 「いや、御老師のご教授を受け続けたいのだ。父上には叱られたが、それはこの身が思慮の足りぬ真似をしてしまったからであり、御老師の講話が間違っていたからではないと思う。逆に、先日のことでお訊ねしたきこともある」 「さようにござりまするか。それならば、構いませぬが」 「行こう、板垣。だいぶ気持ちが落ち着いた」 「御意!」 信方は歩き出した太郎を追いながら、我慢できずに問いかけてしまう。 「……若、御屋形様の仰せになったことが、気にかかっておられますか?」 「ああ、未だに一言も耳から離れぬ。……されど、悩み事はそれだけではないのだ」 太郎は弱々しく笑ってみせる。 「と、申されますると?」 聞き返した信方に、太郎は黙って首を横に振る。 「若ぁ……。この板垣めには、何でも包み隠さずにお話しくだされ。決して他言いたしませぬゆえ」 「さように言われてもな……」 太郎は逡巡する。 「お願いいたしまする!」 「ああ、わかった。朝霧(あさぎり)殿のことなのだ……」 朝霧殿とは、昨年嫁いできた扇谷上杉(おうぎがやつうえすぎ)朝興(ともおき)の娘だった。 齢十三の太郎よりも三つ歳上の朝霧殿は、まだ女子成人の儀である御裳着(おもぎ)を済ましたばかりの姫である。 「……どのように接すればよいのか、まったくわからぬ」 「お、おお、なるほど」 さすがの信方もひと唸(うな)りした後、黙り込んでしまう。 ──夫婦(めおと)とは申せ、お二方とも幼すぎるし、婚姻そのものが急すぎた。仲むつまじくといっても、確かに難しかろう。 太郎は困り果てた顔で呟く。 「朝霧殿も親元から離れ、たいそう寂しかろうと思う。励ましの言葉をかけに行きたいのだが、何を言えばよいのか、見当がつかぬゆえ、つい足が止まってしまう。板垣、さような時はどうすればよいのであろうか」 「そ、それは……。この身にとっても、難しいお訊ねにござりまする。若き女子……ましてや、姫様のお気持ちなど、それがしには計りかねますゆえ」 信方は蓼(たで)の葉を噛んだような面持ちとなる。