帰り際、太郎を先に送り出し、信方が岐秀禅師に頭を下げる。 「これからも若のことをよろしくお願いいたしまする。御老師のすべてに感服いたしました」 「口先坊主のわりには、なかなか面白いと?」 「……いいえ、口先坊主などとは」 「山門の行者は問答が専門ゆえ、口先坊主と言われても苦にいたしませぬ。答えは、いつも問答を突き抜けた果てにありますので、語り尽くすことに労苦を惜しみませぬ。それよりも、なかなかに難しき親子のご関係とお見受けいたしましたが」 岐秀禅師はいきなり核心を突いてくる。 「御屋形様は厳しい御方ゆえ、ご長男といえども甘やかしたりいたしませぬ。それもお世継ぎとして期待なされている証(あかし)と存じまする」 信方は苦しい言訳をする。 「太郎様は実に聡明で、辛抱強い御気性にござりまする。武田の御屋形様も、それをわかっていただければ……。今は忍耐の時かもしれませぬな」 「まことに」 信方は再び頭を下げた。 それから二人で轡(くつわ)を並べ、長禅寺を後にした。 岐秀禅師の講話があった数日後、太郎が望んでいない指南の日がやって来る。父に命じられ、飯田虎春が指導を担当することになった弓箭の稽古だった。 太郎は狩装束に射籠手(いごて)をはめ、館の射場で指南役を待つ。その隣に、仏頂面の信方が立っており、同じく狩装束に射籠手という姿である。 「お待たせいたしました」 つくり笑顔で飯田虎春が現れる。 「よろしくお願いいたしまする」 太郎が頭を下げ、信方も嫌々ながらそれに従う。 「では、さっそく始めましょうか、勝千代様」 そう言った飯田虎春を、頭を上げた信方が睨む。 「どうかなさいましたか、駿河守殿。さように怖い顔をして」 「……何も、ないが」 信方が仏頂面で答える。 「まあ、何か思うところがあったとしても、お口出しは無用に願いまする。これは御屋形様が直々にお命じになった指南ゆえ、本来ならば勝千代様とそれがしが二人で行うべきもの。傅役の方の立ち会いも必要ありませぬ。たまさか一緒におられましたゆえ、細かきことは申しませぬが、その辺りのことはお汲み取りくだされ」 「邪魔するつもりはない。口出しもせぬ。されど、見聞はさせてもらう」 信方はこの年で齢四十六となったが、飯田虎春は二つ下の齢四十四である。元々は後輩だったが、今では家中の席次を追い抜かれており、二人は微妙な関係となっていた。 「まあ、よしなに」 素っ気ない答えを返し、虎春は太郎に向き直る。 「勝千代様、試射を拝見しとうござりまする。まずは五本で」 「わかりました」 いくぶん緊張した面持ちで、太郎が頷く。