「おお、見事!」 太郎が思わず手を叩く。 「若、これから板垣めが弓箭のこつを理でお教えいたしまする」 信方は弓を渡しながら説明する。 「構えや弦の引き方は、己が一番しやすい方法でやればよろしい。ただし、これだけは忘れずに。的へ向かう前、必ず眼を瞑(つぶ)り、己の気息を整えまする。その際に、一番嫌いな奴ばらの顔を思い浮かべ、瞳の裏に焼き付けてくだされ。それが済みましたならば、的を確かめ、焼き付けた顔と真中丸を重ね合わせてみまする。そこから的に向かい、あまり何も考えずに弓を引き、真中丸に嫌いな奴ばらの顔が浮かんだならば、躊躇わずに矢を放てばよろしゅうござりまする」 「板垣、本気で申しているのか?」 「騙されたと思い、お試しくだされ」 信方に促されるまま、太郎は言われた通りにやってみた。 頭の中を空にして弦を引き絞り、嫌いな顔を真中丸に重ねてみる。その途端、矢筈(やはず)が自然に指から離れ、緩い弧を描いて矢が飛んでいく。 まるで吸い込まれるように的の中心に向かう。 「当たった!」 太郎の放った矢は、なんと真中丸を射抜いていた。 「……まことに、当たった」 呟いた太郎よりも、口を開けたまま信方の方が驚いている。 「……若……当たりましたぞ」 「そなたの言う通りだった」 「一番嫌いな奴ばらの顔」 信方と太郎は顔を見合わせて噴き出す。それから、二人は腹を抱えて笑い続ける。 その脳裡には、同じ顔が浮かんでいた。 ――理を説いて迷いを払拭してくれる御方がいると思えば、言葉を連ねて人を困惑させるだけの者もいる。 太郎は、笑いながら、そう思っていた。 悩みは一朝一夕に解決するものではない。 しかし、真っ直ぐに悩みと向き合い、ひとつひとつ納得できるまで理で考え尽くさなければ気が済まない性分だった。 太郎の解決方法は、片足ずつしか前に出せない人の歩みに似ている。一歩でいきなり遠くまで行けるはずもない。 そして、傍らには常に同じ歩調で進もうとする板垣信方が付き添っていた。