「若、朝霧様とは、いつからお会いになっておらぬので?」 「……輿入れの儀があった日から」 「あれから、ずっとにござりまするか!?……もう、ふた月以上も経っているではありませぬか」 「だから、困っておる」 「いや、困っておられるとか、さような問題では……。正月のご挨拶は?」 「まだ、なのだ」 「なんと!?……もう七草を過ぎ、十日にござりまするぞ。元旦は忙しすぎて無理としても、せめて三が日の間にご機嫌伺いをせねば」 「だから、悩んでおると申したではないか」 「いや、されど……。それは、さすがに……」 信方も戸惑いを隠せない。 ――初夜以来、お顔も合わせておらぬということではないか!? そう思いながら、躊躇いがちに訊く。 「……若、あえてお訊ね申し上げ……いや、僭越(せんえつ)を承知でお訊きいたしまする。ええ、あのぅ、御初夜の時は……」 「い、いきなり何を申すか、板垣」 太郎はうっすらと頬を赤らめながら、傅役を睨む。 「大事なことにござりまする」 「い、一緒ではあったが、その……二人とも背中を合わせたまま、気まずい思いで寝ただけだ」 「何事もなく?」 「ああ、何事もない……。この身は眠ることさえ、できなかった。おそらく、朝霧殿も同じであったろう。相手の背中に、この身を拒む強ばりを感じながら、一睡もできなかったのだから」 「さようにござりまするか。それはまた一段と難しい状況にござりまするな」 信方は思わず頭を掻く。 「それがしとしても、すぐに解決の方法が思い浮かびませぬゆえ、若い姫様がお喜びになりそうな事柄などを嫁に聞いておきまする」 「藤乃(ふじの)殿に!」 太郎は急に瞳を輝かせた。 板垣信方が正室として娶(めと)ったのは、大井の方の侍女頭であった藤乃である。信方が太郎の傅役になることが決まり、独身ではなく乳母(めのと)がいた方がよいとされ、急遽、嫁探しが始まった。 その時、大井の方が侍女の藤乃を強く推した。藤乃は信方のひとつ歳上であったが、主君の正室の願いということもあり、その縁談は急いで取りまとめられた。 信方としても、太郎の出産の時以来、藤乃に対しては並々ならぬ感情を抱いていた。惚れたというよりも、その芯の強さに女人ながら尊敬の念を覚えたのである。 そして二人はめでたく夫婦となり、太郎の乳母父と乳母となった。 「母上が輿入れされた時から側に付いていた藤乃殿ならば、朝霧殿のお気持ちも察してくれるであろう。願ってもない。どうすればよいか、訊ねておいてくれぬか、板垣」 「承知いたしました。お役に立てるとならば、嫁も喜びまする」 「頼む」 太郎はやっと明るい表情になった。