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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志2 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「若、朝霧様とは、いつからお会いになっておらぬので?」
「……輿入れの儀があった日から」
「あれから、ずっとにござりまするか!?……もう、ふた月以上も経っているではありませぬか」
「だから、困っておる」
「いや、困っておられるとか、さような問題では……。正月のご挨拶は?」
「まだ、なのだ」
「なんと!?……もう七草を過ぎ、十日にござりまするぞ。元旦は忙しすぎて無理としても、せめて三が日の間にご機嫌伺いをせねば」
「だから、悩んでおると申したではないか」
「いや、されど……。それは、さすがに……」
 信方も戸惑いを隠せない。
 ――初夜以来、お顔も合わせておらぬということではないか!?
 そう思いながら、躊躇いがちに訊く。
「……若、あえてお訊ね申し上げ……いや、僭越(せんえつ)を承知でお訊きいたしまする。ええ、あのぅ、御初夜の時は……」
「い、いきなり何を申すか、板垣」
 太郎はうっすらと頬を赤らめながら、傅役を睨む。
「大事なことにござりまする」
「い、一緒ではあったが、その……二人とも背中を合わせたまま、気まずい思いで寝ただけだ」
「何事もなく?」
「ああ、何事もない……。この身は眠ることさえ、できなかった。おそらく、朝霧殿も同じであったろう。相手の背中に、この身を拒む強ばりを感じながら、一睡もできなかったのだから」
「さようにござりまするか。それはまた一段と難しい状況にござりまするな」
 信方は思わず頭を掻く。
「それがしとしても、すぐに解決の方法が思い浮かびませぬゆえ、若い姫様がお喜びになりそうな事柄などを嫁に聞いておきまする」
「藤乃(ふじの)殿に!」
 太郎は急に瞳を輝かせた。
 板垣信方が正室として娶(めと)ったのは、大井の方の侍女頭であった藤乃である。信方が太郎の傅役になることが決まり、独身ではなく乳母(めのと)がいた方がよいとされ、急遽、嫁探しが始まった。
 その時、大井の方が侍女の藤乃を強く推した。藤乃は信方のひとつ歳上であったが、主君の正室の願いということもあり、その縁談は急いで取りまとめられた。
 信方としても、太郎の出産の時以来、藤乃に対しては並々ならぬ感情を抱いていた。惚れたというよりも、その芯の強さに女人ながら尊敬の念を覚えたのである。
 そして二人はめでたく夫婦となり、太郎の乳母父と乳母となった。
「母上が輿入れされた時から側に付いていた藤乃殿ならば、朝霧殿のお気持ちも察してくれるであろう。願ってもない。どうすればよいか、訊ねておいてくれぬか、板垣」
「承知いたしました。お役に立てるとならば、嫁も喜びまする」
「頼む」
 太郎はやっと明るい表情になった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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