連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志2 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「もうよい、板垣。すべては弓箭の腕前が上がらぬ、この身のせいなのだ。二人がいがみ合っても、問題は何ひとつ解決せぬ。呼び方など、どうでもよかろう!」
 太郎は虎春に向き直り、言葉を続ける。
「とにかく、弓が上達する方法を理(ことわり)で知りたいのだ。飯田殿、お願いできまするか?」
「さように申されましても、弓箭というのは理屈ではござりませぬ。実践の積み重ねで上達するものにござりますゆえ……」
「飯田殿にそれほどの実力があるのは、実践の積み重ねとともに理も磨いたからではありませぬのか。もしも、理の研鑽がないと申されるのならば、いかようにして他人を指南するのでありましょう。飯田殿はさきほど構えについて理屈で申されたではありませぬか。それと同じように最短で上達できる方法を言葉でご説明くだされ。修練の方法をわかり易く認(したた)めていただき、理が納得できれば、この身もやれそうな気がいたしまする」
 太郎の申し入れに、さすがの虎春も黙り込む。
「いかがにござりまするか、飯田殿」
「……勝千代様がさように申されるならば、致し方ありませぬ。本日の稽古はこれまでとし、次回までに弓箭の要諦や稽古の方法を書にまとめてまいりまする。それでよろしかろうか?」
「次回はいつになりまするか?」
「え〜……七日後……いや、十日後でお願いいたしまする」
「わかりました。では、十日後までに、もう一度、基本のおさらいをしておきますので、よろしくお願いいたしまする」
「……承知いたしました。では、失礼いたしまする」
 飯田虎春は憮然とした顔で頭を下げる。悔しそうに信方を一瞥してから、足早に射場を去った。 
 その後姿を見ながら、太郎がぼやく。
「やれやれ、せっかく御老師とお話しして悩みがひとつ解決したというのに、また増えてしまった」
「まったくもって」
「板垣、そなたも気が短すぎる」
「あ奴が無礼すぎるゆえ、怒っただけにござりまする。普段は短気ではありませぬ」
 信方は忌々しそうに吐き捨てる。
「御屋形様は虎春が弓箭の名手だと思うておられるようだが、実際は大したことがありませぬ。それがしと同等……いや、本気で競えば、それがしの方が絶対にうまい。あ奴の指南を受けるより、若はそれがしと一緒に稽古をした方がいいはずなのに」
「そなたが弓もうまいのは、よくわかっておる」
「若、その口調では、信じておりませぬな」
「信じておるよ」
「いや、違うな。では、それがしがこの場で証明してみまする。弓をお貸しくだされ」
 信方は太郎から弓を奪う。大きく息をついてから的の前に立ち、箙の矢を抜いて番える。
 難なく弦を引き絞り、信方は溜めもなく矢を放つ。
 乾いた音を立てて空を切り裂き、矢は的の真中丸を射抜いた。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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