「もうよい、板垣。すべては弓箭の腕前が上がらぬ、この身のせいなのだ。二人がいがみ合っても、問題は何ひとつ解決せぬ。呼び方など、どうでもよかろう!」 太郎は虎春に向き直り、言葉を続ける。 「とにかく、弓が上達する方法を理(ことわり)で知りたいのだ。飯田殿、お願いできまするか?」 「さように申されましても、弓箭というのは理屈ではござりませぬ。実践の積み重ねで上達するものにござりますゆえ……」 「飯田殿にそれほどの実力があるのは、実践の積み重ねとともに理も磨いたからではありませぬのか。もしも、理の研鑽がないと申されるのならば、いかようにして他人を指南するのでありましょう。飯田殿はさきほど構えについて理屈で申されたではありませぬか。それと同じように最短で上達できる方法を言葉でご説明くだされ。修練の方法をわかり易く認(したた)めていただき、理が納得できれば、この身もやれそうな気がいたしまする」 太郎の申し入れに、さすがの虎春も黙り込む。 「いかがにござりまするか、飯田殿」 「……勝千代様がさように申されるならば、致し方ありませぬ。本日の稽古はこれまでとし、次回までに弓箭の要諦や稽古の方法を書にまとめてまいりまする。それでよろしかろうか?」 「次回はいつになりまするか?」 「え〜……七日後……いや、十日後でお願いいたしまする」 「わかりました。では、十日後までに、もう一度、基本のおさらいをしておきますので、よろしくお願いいたしまする」 「……承知いたしました。では、失礼いたしまする」 飯田虎春は憮然とした顔で頭を下げる。悔しそうに信方を一瞥してから、足早に射場を去った。 その後姿を見ながら、太郎がぼやく。 「やれやれ、せっかく御老師とお話しして悩みがひとつ解決したというのに、また増えてしまった」 「まったくもって」 「板垣、そなたも気が短すぎる」 「あ奴が無礼すぎるゆえ、怒っただけにござりまする。普段は短気ではありませぬ」 信方は忌々しそうに吐き捨てる。 「御屋形様は虎春が弓箭の名手だと思うておられるようだが、実際は大したことがありませぬ。それがしと同等……いや、本気で競えば、それがしの方が絶対にうまい。あ奴の指南を受けるより、若はそれがしと一緒に稽古をした方がいいはずなのに」 「そなたが弓もうまいのは、よくわかっておる」 「若、その口調では、信じておりませぬな」 「信じておるよ」 「いや、違うな。では、それがしがこの場で証明してみまする。弓をお貸しくだされ」 信方は太郎から弓を奪う。大きく息をついてから的の前に立ち、箙の矢を抜いて番える。 難なく弦を引き絞り、信方は溜めもなく矢を放つ。 乾いた音を立てて空を切り裂き、矢は的の真中丸を射抜いた。