よみもの・連載

信玄

第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)8

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 飯富虎昌は手綱を握り、黒鹿毛の胴を軽く蹴る。
 ─―道鬼斎(どうきさい)、もう、そなたに「御膳ほうとう」の作り方を習うことはできなくなってしもうた。されど、あの味だけは忘れぬ。必ずや、行人包を仕留める様を見せてやるゆえ、遅参したこの身を許してくれ。
 赤備の大将は鎧(よろい)に結びつけた菅助の眼帯をきつく握りしめる。
 飯富虎昌に煽(あお)られ、駿馬(しゅんば)は味方の怒声がする方向へ勢いよく走り出す。それを見た赤備衆も無言で大将の後を追う。
 丹波島(たんばじま)の渡しへの退路を塞がれた上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)は、あえて敵中に活路を求め、愛駒の放生月毛(ほうしょうつきげ)を駆る。そこはまさに新たな死地であった。
 その脇には宇佐美(うさみ)定満(さだみつ)の駒がぴったりと寄り添い、信玄の旗本から抜け出すことのできたわずか三騎の馬廻(うままわり)衆がそれに続く。
 旗指物を持たない一団は敵味方の判別がつきにくかったが、明らかに武田勢の中では異質である。特に政虎の出立(いでた)ちは、衆目を引きつけるに充分だった。
 それを目ざとく見つけた武田の兵たちが、「褒賞になりそうな敵は逃がすまじ」と馬の進路に立ち塞がる。
 疾風の如(ごと)く敵勢の只中(ただなか)を駆け抜ける上杉政虎は小豆長光(あずきながみつ)を握り、ほとんど一太刀の下に敵を倒してゆく。
 宇佐美定満とそれに続く馬廻衆も同じように敵を薙(な)ぎ払う。
「御屋形様、どうか、その行人包だけでもお捨てくださりませ!」
 馬を並べかけた宇佐美定満が叫ぶ。
「案ずるな、宇佐美。取ろうが取るまいが、懸かってくる敵の数は変わらぬ。前立(まえだて)なき兜(かぶと)を晒(さら)すのは無様だ。この包みは解かぬ!」
 上杉政虎は飄然(ひょうぜん)とした口調で答える。
「それよりも広瀬(ひろせ)の手前で左へ折れるぞ。よいか!」
「御意!」
 気骨の老将は寄ってきた足軽を突き倒しながら叫ぶ。
 一団が向かっている前方には、千曲川(ちくまがわ)の広瀬の渡しと海津(かいづ)城がある。上杉政虎はその手前で進路を左に取れと言っていたが、そこへ至るまで夥(おびただ)しい数の敵兵が見えた。
 しかも武田の赤備衆による追撃も始まっている。
 ─―絶対に逃さぬぞ、行人包!
 飯富虎昌は力の限りに手綱をしごく。
 ─―広瀬の手前を左に折れ、千曲川沿いに進めば、確か一里ほど先には浅瀬があったはずだ。景虎はそこを目指しているのか!?
 そこは馬場ヶ瀬(ばばがせ)と呼ばれる千曲川の浅瀬だった。
 政虎は犀川(さいがわ)の渡河を最初から諦めていたようで、どうやら追手を振りきって馬場ヶ瀬の浅瀬を渡り、対岸の牧島(まきしま)へ向かうつもりらしい。
「奴らの行先は、馬場ヶ瀬だ! 決して逃すな!」
 飯富虎昌が咆吼(ほうこう)する。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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