第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)8
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「それで定勝、そなたの父上は、駿河守(するがのかみ)殿はいかがいたした?」
「……父は、それがしに退陣の触れ役を命じ、その後、御屋形様を追いましてござりまする」
「なにゆえ、お止めいたさなかった!」
「……あ、相済みませぬ」
「なんということを……」
直江景綱は呆然とした表情で立ち竦んだ。
それを見た甘粕景持が進言する。
「大和殿、それがしに手勢をお貸しくださりませぬか。さすれば、丹波島で景家殿と合流し、もうひとつの退路を確保いたしまする。すぐにここへ合流すると申された御屋形様と宇佐美殿が来ておらぬ以上、退路が寸断されたやもしれぬと考えるべきではありませぬか」
「うむ。その恐れは大いにあるな。定勝、そなたが率いてきた一隊は一千か?」
「われらの一千と千坂(ちさか)景親(かげちか)殿が率いてきました五百余にござりまする」
宇佐美定勝の答えに、甘粕景持の表情が変わる。
「おおっ! 景親の隊が無事に逃れていたのならば、大和殿、あと五百の手勢をお貸し願えませぬか」
「わかった。勝資(かつすけ)の一隊を連れていくがよい。おい、新津(にいつ)を呼べ」
直江景綱は使番に副将の新津勝資を連れてくるように命じる。
直江隊の若き副将がすぐにやって来た。
「勝資、そなたは景持の一隊と共に丹波島へ向かい、味方を救援してくれ」
「はっ、承知いたしました!」
新津勝資は機敏な動作で一礼する。
「勝資、急ごうぞ」
甘粕景持は直江隊の若き副将と一緒に西側の丹波島へ進発する。
「定勝、そなたはわれらと共に、ここでもう一踏ん張りだ。御屋形様と宇佐美殿が戻るまで、何としてでも持ちこたえるぞ」
直江景綱は険しい表情で宇佐美定勝に言い渡した。
その直後だった。
辺りに蹄音(ていおん)と怒号が響きわたり、濛々(もうもう)たる土煙を上げ、武田の軍勢が攻め寄せる。
「敵はものの数ではない! 一気に叩くぞ!」
まずは正面から馬場信房の隊、三千余がまっすぐに突っ込む。
越後勢の後詰はすでに二千五百ほどの兵数となり、無傷で残った馬場信房の隊と互角か、わずかに少なく見える。
「われらは東へ廻り込め! 奴らを丹波島へは行かせるな!」
真田幸隆は自軍を右手側に廻し、丹波島への道筋を塞ごうとする。
二千余の真田隊が東側から越後勢に攻めかかった。
「信綱(のぶつな)、昌輝(まさてる)、そなたらは一千を率い、先ほど後詰から離脱して東へ向かった敵の一隊を追え!」
幸隆は二人の息子に命じる。
「承知!」
真田信綱と弟の昌輝が一隊を率いて丹波島へ向かおうとする。
「丹波島には越後勢の本隊がいるはずだ。決して油断いたすな!」
父が叫ぶ。
「おう!」
二人の息子は槍先を上げて答える。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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