よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「いかなる漢かと問われましても、答えようがありませぬ。会うてもおりませぬゆえ。ただし、機を見るに敏なのは確からしく、当家と治部大輔(じぶのたゆう)殿が河東(かとう)で争ったと見るやいなや、すぐに誼(よしみ)を通じたいと申し入れてきました。実にへりくだった態度で。まだ齢(よわい)二十そこそこで尾張一国も制していない者なれば、治部大輔殿が気にかけるまでもなかろうかと」
「尾張守護代の家系でもあるまいに、尾張一国を制するとは笑止」
「ただ、今は織田三家の中で最も勢いがあるのは確かかと」
「われらとしては当面、尾張守護の斯波(しば)義統(よしむね)と守護代の織田が争う様を静観し、然るべき大義が揃うたならば、上洛のついでに仕置をすればよいと考えておる」
 今川義元は自信ありげな口調で言った。
 ――おそらく、京の情勢を睨(にら)みつつ、弱った斯波家に代わって三河、尾張、美濃を制する手立てを考えておるのであろう。
 晴信は今川家の思惑をそのように推察する。
 その後も、三人は近隣を巡る情勢を詳しく語り合った。
 ――思いの外、実りの多い会談であった。
 それが帰途についた晴信の感想だった。
「兄上、それがしは少々驚きました」
 轡(くつわ)を並べた信繁が言う。
「何がだ、信繁」
「御三方がまるで旧知の仲であるかのように話されていたことにござりまする。しかも、それぞれにとって大事な話をあのように何の外連もなく……」
「度量の見せ合いか。人定とは、そのようなものであろう」
「はあ、なるほど……」
「信繁、こたびの会盟はわれらの信濃制覇にとって大いに役立つものとなるであろう。北条家とわれらには共通の敵がいることを確認したからな。敵の敵は、味方。逆に、昨日までの味方が、その日から敵同士にもなる。それが武門の常だ」
「肝に銘じておきまする」
 信繁が頷いた。
「されど、御三方の中で御屋形様が最も若いとは思えませなんだ。いや、貫禄では勝(まさ)っておりました」
 飯富(おぶ)虎昌(とらまさ)が口を挟む。
 この年で今川義元が齢三十六、北条氏康は齢四十、そして、晴信が最年少の齢三十四だった。
「兵部(ひょうぶ)、そなたは氏康殿の抜身の刃の如き気配を怖ろしいとは感じなかったのか。だとすれば、鈍感すぎるぞ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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