よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「もうひとつ、このところの戦支度をする中で、面白きものを見つけました。それをこたびの籠城に使うてはどうかと」
「その面白きものとは?」
「国友筒(くにともづつ)、にござりまする」
 菅助の答えを聞き、真田幸綱と昌信が顔を見合わせる。
「鉄炮(てっぽう)!?」
「はい。戦商いで方々に伝手(つて)がありまして、国友筒が三百丁ほど買えまする。少々、値は張りますが、籠城にはうってつけの得物(えもの)にござりまする。城への寄手に鉄炮玉を浴びせてやれば、音だけでも充分に腰を抜かすはず。おいそれと城門へは近づけなくなりまする」
 山本菅助は剛毛の髭面(ひげづら)を歪(ゆが)めて笑う。
「鉄炮、三百丁か……」
 真田幸綱は眉をひそめてつぶやく。
「弾正殿から御屋形様へお願いしていただけませぬか。これからの籠城戦や野戦にも使えますゆえ、長い目で見れば決して無駄な買物ではありませぬ」
「そうだな。駄目で元々、御屋形様に頼んでみるか」
「お願いいたしまする。見本となる国友筒を手に入れてありますゆえ、昌信殿にはそれで稽古していただき、足軽たちに指導を願いたい」
「それがしが!?」
 香坂昌信が眼を見開く。
「城の守将が鉄炮隊三百を率いるのは、当たり前のこと。家中でいち早く鉄炮を扱えるようになれば、損はありませぬ」
「……確かに、さようにござるが」
「習うより慣れよ。毎日、手にしていれば、すぐに馴染みまする」
「菅助殿は、鉄炮が打てるのであろうか?」
「まあ、それなりには」
 異形の将は口元から乱杭歯(らんぐいば)を覗(のぞ)かせ、再び笑う。
「よし。策は決まった。あとはできるだけ素早く支度を済ませよう。こたびの戦は、旭山城の籠城にかかっていると申しても過言ではない。つまり、われらの働き次第だ」
 幸綱の言葉に、二人は「おう」と同調した。
 こうして忙しく籠城の支度が始まる。真田幸綱は晴信から国友筒購入の承諾を得た。
 その間に、晴信は木曾谷攻略を開始した。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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