よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 政景は上田(うえだ)長尾家の当主であり、景虎の遠縁に当たる。今年で齢二十七となった景虎に対し、長尾政景は四つ歳上の齢三十一だった。
「なるほど。政景に信頼できる家臣をつけ、すぐに出立させましょう。よろしかろうか、光育殿」
 直江景綱の言葉に、天室光育が深く頷いた。
「御屋形様を探す間、われらも家中を収めておかねばならぬ。騒ぎを起こした四人には灸(きゅう)を据えねばならぬな」
 宇佐美定満が険しい面持ちで言う。
「では、それがしが大熊朝秀と下平吉長を戒めまする。宇佐美殿は実乃殿と上野家成をお願いいたしまする」
「わかった。任せておけ」
 こうして家中の限られた者だけで景虎の捜索が始まった。
 天室光育は長尾政景が率いる十数名の家臣たちと一緒に北陸道の曹洞宗寺院を虱潰(しらみつぶ)しに調べ始める。
 当の景虎は北陸道から東近江路(ひがしおうみじ)に入り、叡山や京の都へは寄らず、宇治(うじ)から南都奈良を目指していた。
 南都から下ツ道(しもつみち)を南下し、大和(やまと)街道を使って高野山の麓にある九度山(くどやま)へ向かうつもりだったのである。
 景虎が密教の修行に選んだのは、高野山金峯山寺(きんぷせんじ)だった。
 長尾政景の一行は、これを必死で追っていた。
 天室光育が宇治の曹洞宗寺院、微妙山正法寺(みみょうざんしょうぼうじ)で景虎が掛錫を願ったことを突き止め、目標が高野山であると確信する。一行はさらに先を急ぎ、南都の興禅寺(こうぜんじ)でさらなる足跡を発見した。
 そして、ついに大和国葛上(かつじょう)郡の吐田(はんだ)郷にいる景虎を見つけ出す。 
「御屋形様!」
 長尾政景が木陰で休んでいた主君に駆け寄る。
「……政景!?……なにゆえ、ここに」
 遊行僧姿の景虎が驚いたように立ち上がった。
「景虎殿、いや、宗心」
 天室光育も駆け寄る。
「お、御師様まで……」
 師の顔を見た景虎が怯(ひる)む。
「越後の方々に頼まれ、そなたを連れ戻しにまいった。それとも、われらの絆(きずな)はもう切れてしもうたか?」
「……滅相もござりませぬ。御師様は生涯、御師様に変わりありませぬ」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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