第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
北信濃での戦いが膠着(こうちゃく)し始めた三月末、小田原(おだわら)城の北条氏康から一通の書状がもたらされる。そこには西上野(にしこうずけ)へ援軍を派遣してもらえないかと記されていた。
「どうやら、氏康が関東管領(かんれい)の残党、箕輪(みのわ)城の長野(ながの)業正(なりまさ)を攻めあぐねておるらしい。それゆえ盟約の誼(よしみ)で援軍が欲しいと。されど、われらは北信濃で戦を構えている最中だからな。雪が解ければ、出家から戻った景虎も出張ってくるであろう。判断の難しいところだ」
晴信は北条家との取次役を務めている長坂(ながさか)虎房(とらふさ/光堅〈こうけん〉)に言う。
「確かに、微妙な時期の申し入れにござりまする。さりとて、盟約がある以上、無下(むげ)に断るわけにもまいりますまい」
「確かに、箕輪城が落とせれば、佐久(さく)や小諸(こもろ)から西上野へは出やすくなる。それに北条が北へ進めば、景虎への牽制(けんせい)にはなるのだがな」
「義理を果たすだけの援兵にいたしまするか?」
「それも無駄であるな。余が出陣するわけにはまいらぬゆえ、評定で意見を募ってみるか」
「承知いたしました。すぐに、皆を招集したしまする」
長坂虎房は評定の支度に走った。
四月朔日(ついたち)、残った重臣たちが集められ、躑躅ヶ崎館で軍(いくさ)評定が開かれる。冒頭で長坂虎房から北条家の援軍要請の件が説明された。
晴信は一同を見渡しながら言う。
「現状を鑑み、西上野への出兵はかなり難しいと考える。されど、北条家との盟約もあり、当家としてはできる限りの役目は果たさねばならぬ。そのことについて、皆の忌憚(きたん)なき意見を聞きたい」
「兄上、よろしかろうか」
弟の信繁(のぶしげ)が手を挙げる。
「北信濃での城攻めが膠着している今、もうひとつの合戦を構えるのは、相当に難しかろうと考えまする。されど、北条家に義理を果たすためならば、それがしが最小限の軍勢を率いて西上野へ出張るのは、やぶさかではありませぬ」
「信繁、最小限の軍勢とは、どのくらいの兵数を想定しておる?」
「われら単独での戦いではないとするならば、三千から三千五百と考えまするが」
「なるほど」
晴信は重臣たちの表情を窺う。
頷いている者がほとんどだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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