第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
近衛稙家が言ったように、この年弘治(こうじ)四年(一五五八)二月二十八日に御今上(正親町天皇)の即位を祝うために朝廷が弘治から永禄への改元を行っている。
しかし、その時、幕府の将軍である足利義輝は、権勢を握っていた三好長慶に京の都を追われ、朽木谷(くつきだに)の朽木元綱(もとつな)に匿(かくま)われていた。
将軍との協議がままならないとみた朝廷は、京の都を力で牛耳っていた三好長慶に話を持ちかけ、了解を得た上で永禄元年への改元に踏み切ったのである。
本来、了解をだすべきである足利義輝には、まったくそのことが知らされていなかった。
そして、この年の十一月に近江(おうみ)守護職の六角義賢が仲介を務め、義輝と三好長慶の和睦を進める。十二月三日に至り、両者の間に和議が成立したことを受け、足利義輝は北白川(きたしらかわ)の将軍山(しょうぐんやま)城から京の都へと向かい、 二条法華堂に入り、ここを御座所と定めた。
実に五年ぶりの帰洛(きらく)であった。
さっそく各地の守護職に幕政再開の御内書を送ろうとした時に、義輝は初めて改元が行われていたことを知り、面目を潰されたと激怒する。そこで改元を認めないという態度を取り、「弘治四年」の元号を用いた御内書を送った。
さらに、相談役の近衛稙家が朝廷に強硬な抗議を行い、「幕府は改元を認めない」と宣言したのである。これは裏を返せば、御今上(正親町天皇)の即位そのものを承認しないという意味でもあった。
太政大臣と関白を歴任した長老からの抗議に、朝廷の重鎮たちは慌てふためく。確かに、この件においては幕府側の主張が正しく、二月の改元は朝廷の勇足(いさみあし)であった。
とにかく事態を収拾しなければならないと考え、この日、二条法華堂の御座所に陳謝のための使者を送り込んできたのである。
「ただいま、朝廷よりの御使者が到着なされました」
近習の一色(いっしき)藤長(ふじなが)が義輝に伝える。
「どなたがまいられたのか?」
近衛稙家が訊く。
「内大臣の広橋(ひろはし)兼秀(かねひで)様と武家伝奏役の広橋国光(くにみつ)様にござりまする」
一色藤長の返答を聞いた長老が顔をしかめる。
それを横目で見ながら、足利義輝が申し渡す。
「こちらにご案内せよ」
「はっ! 承知いたしました」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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