第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「あとは以前にも上洛している越後(えちご)の長尾(ながお)景虎(かげとら)殿、越前(えちぜん)の朝倉(あさくら)義景(よしかげ)殿、武家ではありまへんが朝倉家と加賀(かが)で和睦した本願寺(ほんがんじ)法主の顕如(けんにょ)殿あたりやろか。西国ならば毛利(もうり)元就(もとなり)殿がよいかもしれへんな」
「貴重なご助言、ありがとうござりました。大変、参考になりました」
広橋国光が礼を言う。
「せやけど、国光殿。こたびのことを幕府から押しつけられた仕事やと思うてはあかんのやおまへんか」
「……と、申されますと」
「これからは朝儀の衰微を憂いているだけやなく、われらが御今上をお支えせねばなりまへん。こたびはよい機会やと思う。武門の長者たる征夷大将軍が長らく京の都を追われるという事態が続いていたけどもやな、やっと幕府も戻ってきたんや。御今上の御即位式、内裏の修繕、後奈良天皇様の御法要、われら朝廷の者がやらねばならぬ事柄が山ほどあるやおまへんか。朝廷も少しは汗をかかねばならぬ。稙家殿下はさように申されたかったんやなかろうか」
「なるほど……」
「宮柱、朽ちぬちかひをたておきて、末の世までのあとをたれけむ。国光殿、この歌をご存知か?」
「いいえ」
「後奈良天皇様がよう御宸筆(ごしんぴつ)で記されていた御歌や。前の御主上は絶えかけようとしている朝儀を再興しようと尽力なされ、官位が売買される濫授を戒めてきた清廉な御方やった。その気概がこめられた言葉なのであろうて。御今上もご尊父の意を受け継ぎ、宮柱を朽ち果てさせぬように尽力なされるはずや。朝廷も再び幕府や諸国の武家と融和し、朝儀の再興をなさねばならぬのやないか。御今上の御即位と幕府の再開が重なったこたびは、そのよい機会ではなかろうか」
山科言継は笑みをたたえながら静かな口調で言った。
「……肝に銘じておきまする」
広橋国光が真剣な面持ちで答える。
「では、女房奉書ができたならば端裏書を添えますよって、すぐにお持ちくだされ」
「有り難うござりまする、言継卿。すぐに手配りいたしまする」
朝廷が御今上の即位を目前に控え、征夷大将軍の足利義輝が京へ戻ったことで事態は大きく動き始める。
年末までに各地の有力な守護職や大名に女房奉書と御内書が届けられ、上洛の要請が行われた。
それは暮れも押し詰まった甲斐(かい)の躑躅ヶ崎(つつじがさき)館、武田晴信にも届いていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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