第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
真田幸綱(ゆきつな)が頷いた。
「では、これでひとまず評定始めは仕舞いとする。皆、大儀であった」
晴信が評定を締め、大上座を後にする。
残った重臣たちが集まり、出家の話をし始めた。
「おい、兵部(ひょうぶ)。そなたは御屋形様と一緒に入道せぬのか」
原虎胤が飯富虎昌に訊く。
「ご勘弁くだされ、鬼美濃殿。仏門に入るには、まだこの身が生臭さすぎ、悟りができませぬ」
「そなたは存外、坊主頭が似合うと思うがな」
「またまた、ご冗談を。それにしても、当家の鬼、御二方が御仏に仕えるとは、さても面白き話にござりまする」
飯富虎昌は原虎胤と小幡虎盛の顔を交互に見る。
「それがしも出家させていただこうと思うておりまする」
真田幸綱が虎昌の後ろに立っていた。
「ま、まことか、弾正(だんじょう)殿!?」
飯富虎昌が仰天する。
「まことにござりまする。良い機会ゆえ」
「さすがは真田だ。そなたも丸刈りが似合いそうだな」
原虎胤が髭面(ひげづら)を歪(ゆが)めて笑った。
月が変わった二月二十六日、善光寺如来像の入仏の儀が滞りなく終わった。
その式典を終えた後、晴信は長禅寺へ向かう。得度の儀を行うためだった。
山門に到着すると、雲水が晴信を出迎え、旦過寮(たんがりょう)へ案内する。そこは、行脚僧の雲水が宿泊できる寮舎である。
「殿鐘三会(でんしょうさんえ)が終わるまで、こちらでお待ちくださりませ」
雲水が言った殿鐘とは、禅堂の鐘の音のことであり、山門叢林(そうりん)における行持(ぎょうじ)はすべて鳴物によって通達されることになっており、法要においても同じだった。
三会とは、一会目が法堂の支度が整ったことを告知し、二会目は大衆が上殿したことを告げ、三会目で導師の上殿が副堂から伝えられるというものである。
そうした得度式の作法は晴信にも伝えられており、旦過寮に入ってからは壁に向かって坐禅を組んだ。これは面壁(めんぺき)ともいわれ、式までに心を静めるための所作である。
やがて、静寂の中で知殿(ちでん)の検鐘と殿鐘が交打して打ち上げられ、次に堂行(どうぎょう)の引磬(いんきん)と殿鐘が交互に打ち鳴らされる。これが一会目と二会目の殿鐘打ち切りだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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