第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
小幡虎盛が己の頭を叩(たた)きながら言った。
「わかった、わかった。他にもおるならば、後で申し出よ。入道の話は、ここまでだ」
晴信が苦笑する。実のところ、己と一緒に出家したいという家臣がいるとは思っていなかったからだ。
この話は思いの外、大きな波紋を広げそうだった。
「最後の題目になるが、善光寺平を固めるために新しい城を築きたい。菅助(かんすけ)にいくつか候補になりそうな場所を探させているが、築城の機が難しい。またぞろ、邪魔が入るやもしれぬからな。菅助、目星はつけてあるな」
「はい。埴科(はにしな)郡海津(うめづ)の英多(あがた/松代〈まつしろ〉)にあります清野(きよの)家の居館跡を使って築城するのがよいと考えておりまする。そこならば、尼巌(あまかざり)城や春山(はるやま)城にも近く、地蔵(じぞう)峠を通じて裏で上田(うえだ)の砥石(といし)城とも繋がっておりますゆえ。ちょうど千曲川(ちくまがわ)の畔(ほとり)にあり、天然の水堀として使うことができまする」
「さようか。もう縄張図はできているのか?」
「図はまだ描いておりませぬ。されど、ここにはちゃんと絵図が」
山本(やまもと)菅助が己の頭を叩く。
「問題は、築城の機か。長尾景虎が上洛でもしてくれれば、すぐに始められるのだがな」
「御屋形様、すぐに探ってみまする」
すかさず跡部(あとべ)信秋(のぶあき)が申し出る。
「頼んだぞ、伊賀守(いがのかみ)。幕府の取次役で大舘晴光という者が、しきりに『当家と北条家が揃って越後と和睦を進めてくれ』と申し入れてきている。われらとしては信濃守護職の補任が正式に決まり、景虎が信濃へ出張るのを止めたならば、喜んで和睦に応じると答えてある。京の幕府がわれらと景虎の間に入っているうちに、何とか築城にこぎつけたい」
「父上、この際、飯山(いいやま)城の高梨(たかなし)政頼(まさより)を叩いてしまうというのは、いかがにござりまするか」
嫡男の義信が具申する。
「高梨を叩けば、すぐに景虎が巣穴から顔を出す。義信、いまは戦に逸(はや)る時ではない。しばらく景虎の様子を見ておこう。昌信(まさのぶ)、そなたは菅助の補佐についてくれ」
晴信が香坂(こうさか)昌信に命じる。
「御意!」
「真田(さなだ)、そなたには引き続き尼巌城を頼む」
「承知いたしました」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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