第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
信玄が眉をひそめる。
「して、率いた兵はどのくらいか?」
「五千ほどかと」
「ただの上洛にしては多いな」
「越中、加賀の一向一揆を警戒してのことかもしれませぬ」
「あるいは、公方殿の要請で戦を構えられるぐらいの兵を率いたか。いずれにせよ、その様子では、さほど早くは戻ってこられぬな」
「御主上と公方様への拝謁があるともっぱらの評判になっておりました」
「さようか……」
信玄が思案する。
「……伊賀守、京での行状を詳しく調べられるか?」
「さように仰せになると思い、尾行の者どもを付けておりまする」
「さすがに手回しがよいな。ついでに、菅助へ伝えてくれ。築城を始めよ、と」
「承知いたしました。すぐに」
跡部信秋が一礼してから、御座処(ござしょ)を後にした。
――思うた通り、景虎は勇んで上洛か。この隙に、新城を築いてくれるわ。
信玄は冷たい笑みを浮かべた。
山本菅助は埴科郡海津の英多(松代)の清野家居館跡に新たな城を築き始める。屋代(やしろ)家、香坂家などの川中島(かわなかじま)四郡(更級〈さらしな〉郡、埴科郡、高井(たかい)郡、水内〈みのち〉郡)の国衆が動員され、築城は急速に進められた。
それから、さらに二ヵ月が経った頃、思わぬ一報が諏訪から届けられる。
諏訪御寮人(ごりょうにん)、御懐妊という朗報だった。
信玄はすぐに諏訪の高島(たかしま)城へ向かう。
この城は諏訪湖畔に突き出した水城で、地の者からは「諏訪の浮城」と呼ばれている。信玄が諏訪御寮人と息子の諏訪四郎(しろう)のために改修した城で、やはり山本菅助が縄張りしていた。
信玄が到着すると、高島城代の長坂釣閑斎光堅(虎房)が迎えに出る。
「御屋形様、実は諏訪の御方様のお加減があまりよろしくないようで、いまは床に臥(ふ)しておられまする」
「病いか?」
「侍女曰(いわ)く、つわりがひどく、食が細っているとか。暑気あたりがあるのやもしれませぬ」
「さようか。見舞いがてら、すぐに会いたい。人払いをしてくれ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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