第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
今回の場合、近衛稙家が言外に要求しているのは、まさしくそのような女房奉書だった。
「……この国光を中心に、諸国の武家大名の方々と繋(つな)がりのある御仁と相談し、まとめさせていただきまする」
広橋兼秀は他の公卿や上卿の顔を思い浮かべながら答える。
「では、伝奏殿、こちらの大舘晴光と急ぎ手配りをお願いいたしましたぞ」
近衛稙家が武家伝奏役の広橋国光に念を押す。
「はい。承知いたしました」
「ああ、それと、もうひとつ。内府殿、上洛が決まりました守護や大名たちには、是非とも御今上から御綸旨(ごりんじ)など下賜されますよう、支度をお願いいたしまする。それぞれ忠心と義志の高き者たちと存じますゆえ、幕府と朝廷の繁栄のために尽力するよう、御叡意をお示しくださりませ。この件、他の三公の方々にもお伝えいただき、よしなにお取りはからいをお願いいたしまする。本日はお忙しきなか、まことにご苦労様にござりました」
すました顔で近衛稙家が話を締め括(くく)る。
「……こちらこそ、貴重なお時間をいただき、まことにありがとうござりました」
広橋兼秀が頭を下げ、国光も同様に礼をした。
こうして会見が終わった。
二条法華堂の御座所から出た広橋兼秀が苦々しい顔で呟く。
「……殿下に、してやれたわい」
「と、申されますと?」
不安そうに広橋国光が訊く。
「揚足(あげあし)を取られたということだ。こたびの失態の借りを返すために、朝廷が御即位を名目に責任を持って上洛する守護や大名たちを集めよというのが殿下の真意であった。女房奉書にしても、ただ出せばよいというものではない。諸国の武家と繋がりのある公卿や上卿に頼んで端裏書をせねばならぬ。加えて、上洛の褒美に御綸旨とは……」
複数の太政官の正式な手続が必要となる詔書や勅書と違い、綸旨は蔵人(くろうど)の名義で発給できるように手続きが簡素化され、天皇の内意を伝える文書である。
しかし、近年、内容が政治や軍事などに関することが多くなり、宣旨(せんじ)と遜色(そんしょく)のない性質を帯びてきた。
特に鄙(いなか)、つまり畿内(きない)以外の諸国では、綸旨の威光が絶大である。そのため、返礼として莫大(ばくだい)な寄進を行うのが通例だった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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