よみもの・連載

信玄

第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「うむ、朝廷の窮状は内府殿の話によりわかった。建前ではなく、正直に話していただいたと思う。されど……」
 俯(うつむ)き加減で、しばらく口を噤(つぐ)む。
 列席者が息を詰め、静寂が強ばった。
 足利義輝は顔を上げ、半眼の相で口を開く。
「……朝廷に落度があったことは、認めてもらわねばならぬ」
「仰せのとおりにござりまする。こたびのことは、われら朝廷の臣下の落度であり、弁解の余地はありませぬ。それを認めた上でお詫びし、幕府のために何かできぬかと思うておりまする」
 内大臣が朝廷の責任を認める。
「さようか」
 義輝が細い息を吐く。
「余も御今上の御即位をないがしろにするつもりはないゆえ、改元を追認することもやぶさかではない。されど、あくまでもこたびの改元は御即位に加え、われらの帰洛と幕政の再開を含めたものとしてもらいたい。加えて、今後は国事に関わることすべてを幕府と朝廷の協議の上で決めると約束してほしい。いかがか、内府殿」
 それを聞き、広橋兼秀が安堵の面持ちになる。
「寛大な御言葉をいただき、まことに恐悦至極にござりまする。今後はいっそう朝廷と幕府の連絡を密にしたいと考え、息子の国光を伴ってまいりました。この者が伝奏役を務めますゆえ、何なりとお申し付けくださりませ」
「よろしくお願い申し上げまする」
 武家伝奏役の広橋国光が頭を下げた。
「上様、話がまとまり、ようござりました。そこで、ひとつ、ご提案がありまする」
 近衛稙家が義輝に具申する。
「何でありましょうか、殿下」
「幕府が改元を認めたことを示すため、年内に各地の有力な守護や大名たちへ新しい元号で御内書を送ってはいかがにござりまするか。年が明ければ永禄二年ということになりますので、元年での御内書を取り急ぎ送るのがよろしいかと」
「内容はいかがいたしましょうか」
「上様の帰洛と幕政再開を伝えるのは当然のこととして、有力な守護たちに上洛を募ってはいかがにござりまするか。こたびは御今上の御即位という大事な儀もありますゆえ、あわせて朝廷からも通達を出してはいかがにござりまするか、内府殿」

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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