第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「殿下は御綸旨によって幕府の分の寄進まで集めるつもりなのであろう。御内書に『上洛の際は御主上への拝謁と御綸旨の下賜がなされるであろう』という一文を加えればよいだけだからの。それ以外の仕事は、すべて朝廷が負わねばならぬ。まんまと、はめられたわ」
「父上……」
「仕方あるまい。諸国の武家と繋がりのある公卿や上卿を集めねばならぬ。……そうだな、そなたはまず山科(やましな)言継(ときつぐ)卿のところへ行き、この件を相談してくるのだ。あの方ならば東海や坂東の武家に顔が広く、何かと相談に乗ってくれるであろう」
「承知いたしました」
「この身は公朝殿と家輔殿とこの件を相談せねばならぬ」
広橋兼秀は左大臣の西園寺公朝と右大臣の花山院家輔に報告へ向かった。
一方、広橋国光はまっすぐに上京の一条烏丸(いちじょうからすま)の六丁町(ろくちょうちょう)にある山科邸に向かう。
屋敷に到着すると客間に通され、この家に居候している遁世者(とんぜもの)がお茶を運んできた。
やがて、福々しい面持ちの山科言継が現れる。
「どないしはりましたんや、国光殿。さように慌てて」
「言継卿、お約束もなく、お訪ねしたこと、まことに申し訳ござりませぬ。急ぎ、どうしてもご相談したき事柄がありまして。実は……」
国光は法華堂の御座所での会談の内容を詳細に伝える。
そして、足利義輝と顧問役の近衛稙家から要求された難題について意見を求めた。
「……卿のお知り合いの方で、御即位の礼を祝うために上洛してくれそうな守護や大名の方々をご紹介していただけませぬか。特に、東海や坂東で……」
先を急ごうとする武家伝奏役を制し、山科言継が確認する。
「例の改元が原因で、朝廷が公方殿の面目を立てて差し上げねばならぬということでごじゃるな」
「さようにござりまする」
「おそらくは面目だけでなく、相応の寄進も集めなければならぬということではおまへんか?」
山科言継は朝廷において財政の責任者である内蔵頭(くらのかみ)として後奈良天皇に仕え、逼迫した財政の建て直しに尽力してきた公卿である。
そして、財政の建て直しを図る最大の収入は諸大名からの寄進であり、それを獲得するために諸国を奔走してきた。言継が武門の中に築いた人脈は他の公卿に追随を許さず、国光の父、広橋兼秀はそのことを熟知していた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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