第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「……父には、さように言われました」
「なるほど、気位の高い五摂家や精華家の御方々には、少々難しい仕事でごじゃろうな」
言継の山科家は羽林(うりん)家と呼ばれる一族であり、北家藤原(ほっけふじわら)のなかの四条家庶流、末茂(すえしげ)藤原の流れだった。家格は近衛次将を経て、公卿に列する中流の公家にすぎない。
五摂家とは、平安朝の時世から摂政関白の位に就任できる近衛家、鷹司(たかつかさ)家、九条(くじょう)家、二条(にじょう)家、一条(いちじょう)家の総称で、北家藤原の主流を担う一族である。すでに平安の栄華とは無縁となっていたが、それでも御主上の直下として位人心を極める公家の頂点だった。
精華家は、摂家に次ぐ家格の総称である。
近衛大将を経て大臣に昇るのが通例だが、摂政関白と並ぶ太政大臣にまで昇格できた家柄である。藤原家閑院(かんいん)流としての三条家、西園寺家、徳大寺(とくだいじ)家、今出川(いまでがわ)家、花山院流の花山院家、大炊御門(おおいみかど)家、村上源氏(むらかみげんじ)流の久我(こが)家をもって七清華と呼ばれ、やはり、平安朝から鎌倉の時世にかけて七帝の外戚の家柄として定着している。
義輝の顧問役となった近衛稙家も五摂家の出自だった。
「まあ、稙家殿下のような御方は別として」
言継は広橋国光の表情を窺(うかが)いながら訊く。
「かの御方の差し金でごじゃるか?」
「はぁ……。いや!……言継卿にお会いせよと申したのは、わが父にござりまする」
「兼秀殿も武家伝奏で苦労なされたからの。実は、麿(まろ)も稙家殿下には借りがおます」
「まことにござりまするか!?」
「もう十年も前のことやけどな」
言継の話によれば、天文(てんぶん)十七年(一五四八)に足利義輝の家臣が家領である山科郷を押領する事件が起こったという。
言継はすぐに近江坂本(おうみさかもと)に出向き、義輝の後見となっていた近衛稙家に相談を持ちかけた。
旧知の仲であった稙家の計らいがあって押領は回避され、朝廷から幕府に対して山科家領の年貢納入阻止を禁じる女房奉書が発給され、問題は完全に解決した。
言継は稙家夫妻と妹の慶寿院(けいじゅいん)に自家製の衣と薬を献上する。
「稙家殿下の奥方と妹御がいたく御衣(ぎょい)を気に入ってくださり、事なきを得たということでごじゃる。何事も持ちつ持たれつが肝要ということ」
山科家は南北朝の頃、山科教言(のりとき)の代から天皇の御衣を調進する役を仰せつかり、元服と同時に叙爵して内蔵頭に任じられるのが通例となった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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