第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
言継も十四歳で内蔵頭となり、自らが御衣の染めや仕立ての技術を習得し、女房や家人と共に装束の意匠を練って製作に当たる。そこでも言継の器用さと才能が遺憾なく発揮され、作る衣は評判になり、装束の着付けを行う衣紋道(えもんどう)までも指南するようになった。
山科家に伝わる朝廷の装束や着付けに関する有職故実(ゆうしょくこじつ)をもとにして言継が編み出した新しい家業は栄え、没落しかけた公家諸家の中では珍しく、山科家には阿弥衆(あみしゅう)や内裏の女房たちが頻繁に訪れて賑(にぎ)わう。京の町衆の中でも有名人であり、公家に憧れる富商にも雅(みやび)仕立ての衣を卸していた。
さらに、薬師(くすし)から唐(から)渡りの薬学を学び、自家製の薬を煎(せん)じるようになり、なかでも沈麝丸(じんじゃがん)という頭痛の薬は大評判となった。
山科言継には時世の空気を読む独特の嗅覚があり、それが人懐こく見える風貌と相まって幅広い人脈を形作り、朝廷の中でも独自の存在となっている。
元々、山科家は権中納言を極官とする家格であったが、言継だけが権大納言に昇進し、家系のなかでも異例の大昇進だった。
各地の守護や乱世に乗じて大名となった武家との交流も盛んで、朝廷と武門を結ぶ重要な仲介役の一人となっていた。
そして、内蔵頭という役職が朝廷の財政を預かるまでになったのである。
「さような訳で、この際、稙家殿下に借りを返しておきまひょか」
「ご協力いただけまするか」
「麿が若き頃は、飛鳥井(あすかい)雅綱(まさつな)殿と一緒に歌鞠(うたまり)指南などと称し、諸国の武家を廻(まわ)ったものや。その経験からすると、まずは駿府(すんぷ)の今川(いまがわ)義元(よしもと)殿に声をかけるのがよいのではおまへんか。さすれば、今川家と盟を結んでいる武田晴信(はるのぶ)殿、北条(ほうじょう)氏康(うじやす)殿も足並みを揃えてくれるんやなかろうか。東海、甲斐、信濃(しなの)、坂東の武家ということであれば、まずはこの三家に話を通すべきやと思うけど」
「今川家、武田家、北条家をご紹介いただけますか?」
「まずは義元殿に書状を送りまひょ。麿だけでなく、雅綱殿にもお声をかけてみなはれ。きっと力を貸してくれるはずや。雅綱殿は北条家に蹴鞠(けまり)伝授のために赴いていたはずやし、……それと、どこやったかな……ああ、尾張(おわり)の織田(おだ)信秀(のぶひで)殿にも請われて下向していたはずや。信秀殿はもう亡くなってしもうたが、前の御主上へ内裏修理の寄進として四千貫文を献上していたはずやけど。跡を嗣(つ)いだ織田信長(のぶなが)殿にも声をかけてもらうとよろし」
「尾張の織田家」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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