第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
しかし、旗本の守将を任されている義信も、信繁のように苛烈な先陣に加わって父親の信頼を得たいと考えているようだ。
「なにゆえの先陣か?」
「景虎は父上よりも九つ若いと聞いておりまする。ならば、今後はそれがしの天敵となるに違いありませぬ。それゆえ、先陣でその采配を見ておきとうござりまする。相手の力を量るならば、やはり先陣で戦うのが一番かと。必ずや、景虎の軍略を破ってみせまする」
「なるほどな」
信繁は微笑をたたえて頷く。
「そなたの気持ちはよくわかる。されど、焦るな。今からいきり立っていると、戦が始まるまで身が持たぬ」
「されど……」
血気にはやる甥の肩を、信繁がなだめるように叩く。
「実はな、義信。あの陣の四の手に、わが宿敵と定めた漢(おとこ)がいる」
「えっ!?」
義信は驚いて信繁の横顔を見る。
「叔父上の宿敵……に、ござりまするか?」
「さようだ。川中島での二度目の戦いを覚えているな。そなたの初陣の翌年のことだ」
「はい。よく覚えておりまする」
義信の初陣は天文(てんぶん)二十三年(一五五四)、佐久(さく)郡の知久平(ちくだいら)攻めだった。
この時、内山(うちやま)城の軍勢を率いて知久頼元(よりもと)の反乱を鎮圧し、小諸(こもろ)城も降伏させ、敵三百人あまりを討ち取るなどの活躍をした。
そして、その翌年、天文二十四年(一五五五)七月に二度目の川中島合戦が起こったのである。
最初の戦いで越後勢に善光寺平をかなり深く抉(えぐ)られた信玄は、様々な調略を仕掛けてから、二度目の戦いに臨んだ。この画策により村上義清の傘下にいた善光寺小御堂別当職(べっとうしき)、栗田(くりた)寛久(かんきゅう)を寝返らせることに成功した。
栗田寛久は信玄から三千の援軍と三百丁の鉄炮(てっぽう)を得て、善光寺の西にある旭山(あさひやま)城に籠もり、越後に対して叛旗(はんき)を翻す。
味方に寝返られた長尾景虎はすぐに出陣し、旭山城を見据えて犀川(さいがわ)の北に陣取る。
その着陣を見透かしていたかの如く、信玄が率いる武田勢は犀川の南に布陣し、信繁は川縁に先陣を構えた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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