第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「われらから見れば、御屋形様の本隊が茶臼山へ布陣したことで海津の城兵が景虎の退路を塞ぐ働きをすることになり、巧妙な挟撃の形となっておりまする。逆に越後勢から見ますれば、善光寺の軍勢が茶臼山へ寄せれば、妻女山の景虎本隊が御屋形様の退路を断つ形になり、これもまた巧妙な挟撃の形となりまする。囲碁にたとえますれば、景虎の妻女山布陣が意図の読みにくい布石だったため、御屋形様はあえて対面の茶臼山に布陣いたすという相手を真似た布石で応じたと考えることができまする。この真似碁の布石は後手となる白番を持った者がよく使いますが、次の一手を相手に渡して『何がしたいのか?』と問う意味がありまする」
「では、御屋形様は今、景虎に対して『うぬは何がしたいのだ?』と問いかけておるのか。げに、面白き話。この戦況をいかように読むか、もう少し囲碁にたとえて聞きたいの」
菅助は信玄と互角に囲碁の打てる昌信の智慧を通して総大将が何を考えているのかを探ろうとしていた。
そうでもしなければ、景虎が選択し、信玄が応じようとしている軍略が難解すぎて、いつもの呼吸だけでは理解できそうになかったからである。
「この戦況を囲碁にたとえると……。おそらく、御屋形様と景虎の間で、すでに捻(ねじ)り合いが始まっているのではないかと思いまする」
「捻り合い、とは?」
「互いに守りや逃げの手を打たず、相手の打つ石にぶつかって捻じ伏せようとする力碁(ちからご)のことにござりまする。そうなると大概は読みの深い上手(うわて)が勝ちますが、力も読みも互角となれば、局面は思いもよらぬ難解な方向へと展開していきまする。両者が退路を考えず、ぎしぎしと石が軋(きし)むような捻り合いを続け、最後はどちらかの大石(たいせき)が死ぬまで戦いが続くことになることもあるかと。全滅か、完勝か。相手の大石、つまり、敵の本隊を潰せなければ、こちらの本隊が潰される敗者必死の勝負となってしまいまする。囲碁ならばまだしも、さような合戦は恐ろしすぎて考えたくもありませぬが」
昌信は何度も首を横に振る。
「波風立たぬように見えるこの川中島で、確かに御屋形様と景虎だけが互いの思惑を読みながら、ぎしぎしと軍略を捻り合っているのかもしれぬな。つまり、互いに大戦の局面しか見ておらぬということか……」
菅助は遠くを見るように眼を細めながら呟く。
それから、深い溜息をついた。
「道鬼斎殿、御屋形様は景虎の次の一手を待たれるおつもりなのでありましょうか?」
「いや、先手を渡したはずなのに、相手が何事もなかったように動かぬので、こちらから仕掛けるおつもりかもしれぬ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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