第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)4
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「柿崎の旗印は、とぼけた蕪菁紋だ。もしも、黒絲緘の具足に金泥の蕪菁紋を入れている荒武者を近くで見つけたならば守りに徹せよ」
信繁の言葉に、義信は眉をひそめる。
「……なにゆえ?」
「柿崎景家がそなたのいる旗本まで迫るということは、われらの先陣が破られ、それがしが槍の露となったということだからな」
「ま、まさか……」
「おいおい、例えばの話だ」
「譬(たと)え話でも、叔父上が討死するなどあり得ませぬ」
「武田の先陣は、さほど弱くない。されど、不測の事態が起きないとは断言できぬ。敵の先陣大将が旗本まで迫るような戦況となったならば、すぐに御屋形様へ退陣を進言できるような大将でいてくれということだ」
「……肝に銘じておきまする」
訓戒の言葉だと気づき、義信は素直に頷く。
「四度目となれば、互いに手の内も知り尽くしており、厳しい戦いとなるであろう。こたびは、あの者と雌雄を決することになるやもしれぬな」
信繁は険しい面持ちになった。
義信も小刻みに頷く。
それから、何かを言いたそうな顔で叔父を見つめた。
「どうした、何か他にも気になることがあるのか?」
「……はい。父上は諏訪(すわ)で四郎(しろう)とお会いになったのでありましょう?」
義信は聞きづらそうに切り出す。
四郎とは信玄と諏訪御寮人(ごりょうにん)の間に誕生した腹違いの弟であり、この年に元服して『勝頼(かつより)』と改名している。
「そのようだな」
信繁はあえて素っ気なく答える。
「……それがしも会いとうござりましたが、呼ばれませなんだ」
「そなたが急ぎ塩田(しおだ)城へ向かわねばならなかったゆえ、兄上も気を使ったのであろう」
「いや、それがしと四郎を会わせぬようにしているのではないかと……」
「そなたは四郎と会いたいのか?」
「……はい。兄として元服も祝ってやりたいし、じっくりと話をしたいという気持ちはありまする。それがしに、わだかまりはありませぬ」
「うぅむ、さようか。ならば、その気持ちを兄上にまっすぐ伝えればよい」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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