第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
現状では、松山城に沼田を撤退してきた北条氏秀、北条綱成の次男が入っている。
そして、河越城には氏綱の四男で、氏康の弟である北条氏堯(うじたか)がいた。
江戸城には、氏康の三男である北条氏照(うじてる)。甘縄城には綱成の嫡男、北条氏繁(うじしげ)が入っていた。
もちろん、これらの一門衆にはそれぞれ有能な家臣と将兵たちが付き添っている。
その他にも、北条家には五色備(ごしきぞなえ)と呼ばれる屈強な武将と軍勢がいた。
筆頭は黄備え旗頭の北条綱成であり、黒備えの多目(ため)元忠(もとただ)、青備えの富永(とみなが)康勝(やすかつ)、赤備えの高橋(たかはし)康種(やすたね/北条康種)、白備えの笠原(かさはら)信為(のぶため)と続く。
すでに江戸城を支える由井(ゆい)城に富永直勝と青備衆、小机城に笠原康勝が率いる白備衆が配置されていた。
――河越城での戦いに慣れている元忠と黒備えは、やはり緒戦の要となる。康種と赤備えは三浦から戻し、小田原に待機させた方がよいか。そして、綱成と黄備衆をどこに置くかが最も難しく、采配の肝(きも)となる。
脳裡(のうり)に描いた戦模様が次第に鮮明になってくる。
氏康は十日以上もかけて来たるべき戦を観想し、細かな対策を考え尽くそうとした。
その間、嫡男の氏政は盟友の今川家と武田家に早馬の使者を送り、坂東での異変を伝え、北条家の惣領(そうりょう)として援軍の要請を行っていた。
そして、まずは今川家からの返答が届く。
「父上、氏真殿から援軍の派遣を承諾する旨の返事が届きました!」
氏政が伝えた朗報に、氏康は大きく頷いた。
「今川家も大変な時に、よくぞ快諾してくれたな。さすがは義元(よしもと)殿の跡を継いだだけのことはある。大した器量だ」
「すぐに駿河(するが)東から葛山(かつらやま)氏元(うじもと)殿の一軍が駆け付けてくれるそうで、厳しい戦いになりそうな河越城へ向かっていただけるとのことにござりまする」
「さようか。それは助かる」
「それがしは引き続き武田家と折衝してみまする」
「頼んだ」
今川家の援軍が決まってからほどなくして、武田家からも援軍の承諾が届いた。
信玄は小山田(おやまだ)信有(のぶあり/桃隠〈とういん〉)に援軍の編制を命じ、加藤(かとう)景忠(かげただ)と跡部(あとべ)長与(ながとも)の二隊を派遣する。この武田勢は甲州街道を進み、小仏(こぼとけ)峠を越えて相模の千木良口(ちぎらぐち/津久井)へ出た後、加藤景忠が由井城(八王子〈はちおうじ〉)に入り、跡部長与が津久井城の与力(よりき)となった。
それと時を同じくして、二月の終わりに厩橋城から越後勢の先陣が動き、上野の国境を越えて武蔵へ攻め込もうとする。
その一報を受けた松山城の北条氏秀は城を出て、河越城の北条氏堯と合流した。
「もしも、越後勢が松山城へ攻め寄せた場合、無理に籠城をせず、河越城へ入り、そこで態勢を固めよ」
氏康から事前にそのような指示を受けていたからである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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