第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
この二人の他に、四天王と言われている重臣は、今年で齢(よわい)七十三となった宇佐美定満と齢五十の本庄実乃(さねより)である。
宇佐美定満は長らく政虎の家宰(かさい)を務めてきたが、さすがに高齢となっているため、今は齢五十三の直江景綱がその役目を務めている。
齢四十八の柿崎景家は家中一の武辺者(ぶへんもの)と称えられており、名実共に越後勢の武の要となっている。それを補佐しているのが三十路(みそじ)の甘粕景持であり、こちらも負けず劣らずの猛将だった。
齢三十二の政虎を中心にして、側近たちはそれぞれの世代にうまく跨っていた。
直江景綱と柿崎景家が密談を交わしている間に陣所の設営が終わり、幔幕内で軍評定が開かれることになった。
総大将を大上座に戴き、一軍を預かる二十余名の将たちがずらりと勢揃いした。
政虎は行人包を解き、折烏帽子の上に白い鉢巻を締めている。その下には如来(にょらい)像を思わせるような端正な面相があった。
他人を見る時、凝視ではなく、わずかに顎を上げて半眼になるのがこの漢の癖だった。
政虎はゆっくりと一同を見渡し、重々しく声を発する。
「それでは、こたびの軍略を発表する。地図を、これへ」
その指示で、小姓たちが一畳ほどの板を運んでくる。
そこには善光寺平の地勢が細かく描かれていた。
越後勢が陣を置いた善光寺城山の南を犀川が横切り、北東から南西に向かって大きく斜めに千曲川(ちくまがわ)が走っている。この二つの大きな川に挟まれた扇状の湿地が川中島だった。
千曲川の東岸には山岳が連なり、その山裾に武田の築いた新しい出城、海津城がある。この城にはおよそ三千の武田勢がいると目されていた。
――こたびは割ヶ嶽城を落とされた報復に、海津城を完膚無きまでに叩く戦い。
この時点では、越後勢の誰もがそう思っていた。
政虎は右手の馬鞭(ばべん)を持ち上げ地図を指す。
「明日、払暁より犀川を渡河いたし……」
馬鞭の先がゆっくりと河を渡り、ある一点を示した。
「妻女山(さいじょさん/齋場山)へと布陣いたす」
その言葉を聞いた誰もが一瞬、息を止め、眼を見開く。
妻女山!?
それがいったいどこにあるのか、ほとんどの者にはすぐわからなかった。
わずかに北信濃勢だけがこの辺り一帯の地勢を熟知しており、思わず眉をひそめる。
政虎の鞭(むち)は、海津城のすぐ南々西にある山上を指していた。
その眼前には千曲川が流れ、わずか二カ所の渡し場しかない。しかも、さらに南方を見れば、武田方の繋ぎ城がひしめいていた。
――かような山の上に布陣し、もしも大軍で二つの渡しを塞ぐように囲まれたならば、完全に退路を失うことになる。
剛胆な柿崎景家でさえ、余りに敵地へ深くへ入り過ぎだと思っていた。
居並ぶ将たちは、呆然と地図を見つめたままである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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