よみもの・連載

信玄

第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「余は本願寺法主(ほんがんじほっす)の顕如(けんにょ)光佐(こうさ)に依頼し、越中(えっちゅう)の一向一揆(いっこういっき)を蜂起させ、越後の国境を脅かすよう頼む。昨年、景虎に敗れた越中の神保(じんぼう)長職(ながもと)も当方に助けを求めておるゆえ、一向一揆と組ませ、西側から越後を攻め立ててくれようぞ。伊賀守、坂東での出来事は北条家を通じて入ってくるゆえ、三ッ者を北信濃に向かわせ、越後との国境にある城で最も落としやすそうなところを見繕ってくれ」
「すぐに手配りいたしまする」
「余所見ばかりしておると、すぐに尻に火がつくぞ、景虎よ」
 信玄は幾重もの謀計を仕掛け、背後から景虎と越後勢を脅かそうと考えていた。
 それから一ヶ月も経たないうちに、跡部信秋が標的となる敵城を捜し出してきた。
「御屋形様、越後との国境に位置し、手薄な敵城を探り当てましてござりまする。水内(みのち)郡の野尻湖(のじりこ)畔にある割ヶ嶽(わりがたけ)城にござりまする」
「割ヶ嶽城か。して、城兵の数は?」
「城には本荘越前守(ほんじょうえちぜんのかみ)という守将と高梨(たかなし)の残党がわずか、おそらく一千にも満たないと存じまする」
「さようか。ならば、城攻めの上手い将に三千の兵を付ければ、落とせそうだな。誰がよいか……」
「鬼美濃(おにみの)殿にお願いしてはいかがにござりましょう」
「なるほど。ならば、随行する副将は、美濃守に任せるとしよう」
 信玄は割ヶ嶽城攻めの大将に原虎胤(とらたね)を任命することにした。
 久々の城攻めに、手練(てだれ)の老将は腕を鳴らす。
「御屋形様、副将は選び放題だと聞きました。多田(ただ)満頼(みつより)と倅(せがれ)の昌治(まさはる)、それに浦野(うらの)重秀(しげひで)も連れて行きとうござるが、構いませぬか」
「構わぬ。そなたのやりやすい編制にしてくれ。景虎がいない間に手早く落としてしまいたい」
「城を落としたならば、そのまま越後へ攻め込んでもよろしいか?」
 原虎胤は髭面(ひげづら)を歪めて不敵に笑う。
「鬼美濃、越後へ攻め込んでも、そなたの相手になれる者はおらぬ。越後勢の主力は皆、坂東だ」
 信玄は苦笑しながら答える。
「それに越後には余の欲しいものなど何ひとつない。攻めるだけ無駄だ」
「まことに残念。ならば、御下命の通り、手早く片付けて戻りまする」
「割ヶ嶽城を落としたならば、越後勢が信濃へ出張る足場として使えぬよう破却してくれ」
「承知!」 
 原虎胤は多田満頼と昌治の父子、浦野重秀を伴い、三月の末に出陣する。
 完成した海津(かいづ)城を経由し、四月の初旬に八里(三十二`)ほど北にある割ヶ嶽城へ攻め寄せた。
 割ヶ岳城は野尻湖畔を望む山間に築かれ、主郭は山頂にあり、北東から南西に伸びた尾根に曲輪を配している。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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