第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)2
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
主郭の北西側に土塁があり、南西に向かって三段程の小曲輪があった。
城を守っていたのは、本荘越前守と八百ほどの城兵である。そのほとんどが高梨家の残党だった。
「二の足を踏むことはない! 一気に攻め落とすぞ! いざ参る!」
原虎胤が果敢に采配を振る。
九十九折(つづらお)りになっている南側の大手道より多田満頼と昌治の隊が攻め上り、搦手門(からめてもん)からは浦野重秀が攻め寄せる。それに合わせて本隊も城内へ乱入した。
原虎胤は多くの城兵を討ち取るが、不覚にも城内に潜んでいた伏兵に左肩を切りつけられ、手傷を負ってしまう。
「鬼美濃殿!」
多田満頼が駆け寄る。
「……大丈夫、蚊に刺された程度じゃ」
原虎胤は虚勢を張ったが、思ったよりも深手を負っていた。
「とにかく止血を!」
多田満頼が白布を取り出し、原虎胤の肩口をきつく縛る。
武田勢は敵の将兵を全滅させ、割ヶ嶽城を落とした。
勝鬨(かちどき)を上げた後、城を破却し、火を放つ。敵の拠点が灰燼(かいじん)と化したのを見届けてから、原虎胤は甲府へ帰還した。
「御屋形様、久方ぶりに、この様じゃ。張り切りすぎました」
白布で吊った左腕を見せ、老将が自嘲気味に笑う。
「鬼美濃、ご苦労であった。傷痕の禍根を残さぬように、ゆっくりと養生してくれ」
「……かたじけのうござりまする」
「そなたのおかげで景虎と越後勢は小田原城から撤退し、信繁らの援軍も無事に戻ってきた。氏康殿からも礼が届いている」
「重ねて、有り難き御言葉にござりまする」
「しばらくは景虎も信濃へは出て来られまい」
信玄は満足そうに言った。
武田家からの援軍や様々な謀計による援護もあり、北条家は越後勢と坂東勢の小田原城攻めを凌ぎ切った。
氏康からは丁寧な礼状と奇妙な知らせが届いていた。
小田原城の包囲を解いた景虎は、坂東勢の諸将を引き連れて鎌倉の鶴岡八幡宮に参詣し、そこで関東管領職の就任式を執り行ったというのである。
上杉憲政から山内上杉の名跡と家督を受け継ぎ、長尾景虎から上杉政虎へと改名し、補佐から正式な関東管領となった。
それを聞いた信玄は呆(あき)れ返る。
「こたびの戦は、それが目的であったというのか……。理解できぬ。越後の者が関東管領職になり、いったい何がしたいのだ? 坂東を統べられるとでも思うているのか?……そなたには、この意味がわかるか、信繁」
「名誉が欲しいだけなのでありましょう」
信繁が素気なく答える。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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