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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 信虎は間髪を入れず都留郡へ侵攻し、小山田家を従属させ、今川と結んだ西郡の今井家も下す。さらに、大井信達の籠もる富田城を包囲したが、救援に駆け付けた今川勢のせいで城を落とし損ねる。そして、この一件が火種となり、信虎と今川氏親の確執が始まってしまった。
 しかし、信虎の勢いと戦いへの姿勢に、心底から驚かされたのは、大井信達だった。
 わずか齢十四で武田家の惣領となってから、信虎は父の悲願だった甲斐統一だけを目指して怯むことなく戦いに邁進した。己に背いた地頭の一族郎党を、見せしめのため根絶やしにしたこともある。
 勝利への執念と妥協なき戦いの姿勢、それに大胆かつ残忍な性向が加わり、信虎は合戦に明け暮れながら敵を駆逐していく。甲斐の国人衆もそれに恐れをなし始めた。
 大井信達にしても同様であり、武田家との和睦を模索し、娘を正室として差し出すことで、やっと帰参を許されたのである。
 そして、人質も同然の状態で輿入れしてきたのが、大井の方だった。
 郡内の有力な国人衆を下した信虎は、内訌の呪縛から逃れるように、石和の西側に位置する躑躅ヶ崎へ国府を移す。国人衆に対しても、この新しい国府に屋敷と人質を置くよう命じた。
 だが、このことに反発し、大井信達は東郡の今井信元(のぶもと)や栗原家を糾合し、再び信虎に敵対する。
 昨年、永正一七年(一五二〇)、信虎は今諏訪の合戦で背いた者たちを完膚なきまでに叩き潰し、大井信達も降伏させた。
 当初は自害を命じられた信達も、子を身籠もった大井の方の嘆願があり、出家隠棲することでかろうじて命を救われた。
 ──されど、御屋形様は決して大井家を許しておらぬ。わが子を身籠もった御方様を未だ人質の如く、冷たい態度であしろうておられる。しかも、こたびの御下命だ……。
 信方もまた武田家の深い因縁の中でもがいている。
 板垣家は系図を辿れば武田家の庶流にあたるのだが、当世になってからは山梨郡の板垣郷と於曾(おぞ)を領有する国人衆の扱いに甘んじていた。父の信泰は武田信縄と信虎の二代に仕え、とにかく忠誠を示すことで重臣の一員に踏みとどまってきた。
『御屋形様が仰せになることに、異を唱えてはならぬ』
 それが父の口癖だった。
 ──されど、こたびの仰せは、あまりに苛酷すぎる。この身はどこまで忠実でいられるのか……。
 この戦で今川勢が富田城を落としたことも大きく影響している。この城は元々、大井信達の重要な拠点だった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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