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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「……もうしわけ……」
「三略が甘っちょろいからといって、孫子が優れているというわけでもないぞ! その兵法を暗記しただけで戦に勝てるならば、誰でも君主になれてしまうであろう。弓のひとつも引いたことがなく、敵の額を矢で射抜いたことのない坊主如きでもな。孫子など、今では誰でも学べるのだ。戦とは、それを知り尽くした同士が命の取り合いをするものなのだ。それさえも知らぬくせに、軽々しく君主の徳などと口にいたすな! うぬは口だけの坊主の教えを鵜呑みにする、小賢しい未熟者に過ぎぬ! かような場で得意げに出過ぎた真似をするな! 恥を知れ、恥を!」
 脇息を蹴って立ち上がりそうな信虎を見て、さすがに荻原昌勝が止めに入る。それほど危うい状況となっていた。
「御屋形様、どうか、それぐらいでご勘弁を。まだまだ未熟者のそれがしも、耳が痛うござりまする。お願いいたしまする」
 困ったように笑う老家宰を、信虎は荒い息を吐きながら見る。
「当たり前のことを申しておるだけだ、常陸」
「わかっておりまする。どうか、ご堪忍を」
「……仕方がない」
 信虎は己を静めるように、長い息を吐く。それから、落ち着いた口調で言う。 
「勝千代、常陸の顔に免じて、これくらいで許してやる。されど、今後のためにひとつだけ、そちが耳を塞ぎたくなるような話をしておく」
 そう言った父の眼がこれまでで一番恐ろしく見える。
 太郎は固唾を吞み、微かに軆を震わせながら頷いた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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