「あっ、葛籠の支度……。板垣様、少しの間、お願いいたしまする」 藤乃は赤子を差し出す。 「ええっ!」 信方は思わず後退りしてしまう。 「……いや、無理だ。赤子など、抱いたこともない」 両手と首を同時に振る。 「人手が足りませぬゆえ、少しの間だけ、お願いいたしまする。寝床の支度をしますゆえ」 「……勘弁してくれぬか。泣きじゃくっておるではないか」 逡巡する信方に、藤乃は強引に赤子を抱かせる。 「落とさぬよう、しっかりと抱えて。されど、力を込めすぎず。優しく左右にゆすり、あやしてやれば、泣き止みまする。では、お願いいたしまする」 藤乃はさっさと葛籠を取りに行く。 ──なんということか……。うまく抱けずに落としてしまいそうだ。 力の込め具合がわからず、信方はぎこちない動作で赤子を左右にゆすってやる。太い腕の中で泣きじゃくり、赤子は余計に手足をばたつかせた。 ──こ、こら、暴れるでない。こ、こうか……。 信方は左右に足踏みをし、ゆっくりと自ら動く。すると、思わぬことが起こった。 ──まさか……。 赤子の泣き声が次第に小さくなっていく。 産婆と侍女たちも動作を止め、不思議そうにその光景を見ている。 しまいには泣き止み、赤子は信方の腕の中で小さな寝息を立て始めた。 「あれ、まぁ」 産婆は赤子を寝かしつけた武骨な家臣を驚きの表情で見ていた。 信方は顔を強ばらせ、照れ隠しで笑うしかなかった。 己の腕の中に、皺くちゃの小さな寝顔がある。子猿のようで決して可愛らしくは思えないが、その無防備な表情を見ていると、自然に守ってやらなければならないという思いが湧いてきた。 それを意識した途端、雷に打たれたが如く、信方の背筋に微かな痺れが走った。言葉にはできない感情が丹田(たんでん)から胸の裡へとせり上がり、思わず瞳が潤んでしまう。 そして、ある思いが浮かんでいた。 そこへ葛籠を抱えた藤乃が戻ってくる。 「ありがとうござりまする。では、御子をこちらへ」 「ああ、わかった」 信方は敷き詰められた綿入れの上に赤子を寝かせる。 「しっかりと、あやせたではありませぬか」 「……たまたま、であろう」 ぶっきらぼうな口調で信方が答える。