産婆の掛け声とそれに答える大井の方の息みが速くなってきた。 産室は男子禁制の場である。通常ならば、傍に付き添うこともない。 「ほれ、気張れぇ。息んでぇ。あかぁの頭が見(め)えとるずら!」 産婆の声が一段と高くなる。 信方は息を詰めて様子を窺う。 一瞬の静寂。 そのすぐ後に、藤乃の叫び声が響く。 「板垣様!」 「お、おう、隣に控えておるぞ」 「板垣様、早く!」 「な、何を!?」 「産湯……産湯を早く!」 「おい、戸を開けてもよいのか?」 「板垣様、お一人で早く!」 「御免!」 湯と水を入れた桶を両手に下げ、信方は本堂へ入る。 「その盥にお湯を」 藤乃が用意した盥を示し、信方はお湯を張る。その際に、産婆に取り上げられた赤子が見えた。 「あれ、泣かねぇずら。ほれ、息め」 産婆は赤子の呼吸を促すように背中と尻を叩いてやる。 何度か軆を震わせた後、火がついたように赤子が泣き始めた。 「よぉし、よぉし、もう大丈夫ずら」 そう言いながら、産婆は赤子の顔を大井の方に見せてやる。それから、湯の温度を確かめた。 「もう少し、うめて。ひと肌つれえ」 産婆が信方に指示する。 お湯に水を足し、人肌ぐらいの温度にしろという意味だった。 「あかぁを温(ぬ)くめろし」 産婆はちょうどよい温度になった産湯に赤子をつけ、軆を洗い流してやる。それから、白布で拭き、さらに新しい白布と毛氈(もうせん)を重ねて赤子をくるむ。 すべてが淀みない手際だった。 凝視してはいけないと思いながらも、信方はその様子に見入ってしまう。男子か、女子か、徴(しるし)を確かめたかったからである。 「あとは頼むずら」 産婆は泣き続ける赤子を藤乃に託す。 それを愛おしそうに抱き、あやし始めた途端、またしても藤乃が小さく声を上げる。