第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
─―まるで、ここにわれらが布陣していたことを知っていたかのような動きではないか。奇襲は、わが策は、どうなった? すべて、すかされたのか?……いや、読まれていたのだ、すべて!
そう思いながら敵を見つめた菅助は、再び軆を凍りかせる。
武田勢を確認した刹那、間髪を容(い)れずに越後勢が駆け出していた。
しかも、その先陣は、まったく見たこともないような挙動をし始める。
―─なんなのだ、この動きは……。
蕪菁紋の旗幟を見ながら脳裡が真っ白になり、菅助の全身が粟立(あわだ)つ。
敵の先鋒(せんぽう)は柿崎景家の率いる屈強な騎馬隊。それが視界の中で大きく弧を描いて左手側へ遠ざかっていく。
ところが、遠ざかったと思いきや、今度は恐るべき疾さで己の方へ戻ってくる。その動きに後の騎馬隊も続いていた。
これほど奇妙な陣形で、これほど奇妙な動きをする軍勢は、これまで見たことがなかった。
菅助は完全に混乱し、為(な)す術もなく立ち竦む。
そこへ、越後勢の痛烈な第一撃が加えられる。
武田は鶴翼の両側に足軽の弓隊を配していた。
野戦で敵と対した時、まず飛び道具を使い、相手の動きを牽制(けんせい)するのが常套(じょうとう)だからである。 しかし、完全に機先を制され、弓隊は矢を番(つが)える暇もなかった。
そして、立ち竦む弓兵たちを、越後勢の騎馬隊が長槍で突き倒し、撫(な)で切りにしてゆく。痛烈な一撃を加えた後、敵は倒れた兵に見向きもせず、疾風の如く走り去っていく。
しかも、その攻撃が途切れない。次々と後続の騎馬隊が現れ、武田の足軽たちを倒していった。
弓隊の後ろで、菅助は息を詰めて敵状を目算しながら、呼吸することも忘れてしまうほど集中していた。
─―どうやら、越後勢の騎馬隊は巨大な円を描きながら攻撃を仕掛けている。その数は、一千ほどの騎馬隊が五つ以上、総勢で六千余はいるのではないか……。
菅助の眼前には、突き倒された味方の屍(しかばね)が累々と転がっている。己が何もできぬまま、敵の攻撃だけが勢いを増していく。
凄(すさ)まじい第一波が通り過ぎたと思いきや、再び蕪菁紋の旗幟が見え、黒母衣(くろほろ)の騎馬隊が迫ってくる。間髪を容れずに、第二波が襲いかかろうとしていた。
その時、やっと気づく。
敵は単に弧を描いているのではなく、総軍で蜷局(とぐろ)を巻くように動き、切れ目なく攻撃を続けているのだ、と。
恐るべき用兵術だった。
―─ま、まるで蜷局を巻いた龍の逆鱗(げきりん)に触れ、切り裂かれるようではないか。これはいったい何だ!?……なんという名の陣形、いかなる用兵術であるか。景虎の本性が、これほどのものだったとは……。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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